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発心集

第一第4話(4) 千観内供、遁世籠居の事

校訂本文

千観内供といふ人は、智証大師1)の流れ、並びなき智者なり。

もよとり同心深かりけれど、いかに身をもてなして、いかやうに行ふべしとも思ひ定めず。おのづから月日を送りける間に、ある時、公請(くじやう)を勤めて返りけるに、四条河原にて、空也上人に会ひたりければ、車より下りて対面し、「さても、いかにしてか、後世助かることはつかまつるべき」と聞こえければ、聖人、これを聞きて、「何、逆さまごとはのたまふぞ。左様のことは、御房なんどにこそ、問ひ奉るべけれ。かかるあやしの身は、ただいふかひなく迷ひ歩(あり)くばかりなり。さらに思ひ得たること侍らず」とて、去りなんとし給ひけるを、袖をひかへて、なほねんごろに問ひければ、「いかにも、身を捨ててこそ」とばかり言ひて、引き放ちて、足早に行き過ぎ給ひにけり。

その時、内供、河原にて、装束脱ぎ替へて、車に入れて、「供の人は、とく房へ帰りね。われは、これより他へ去(い)なむするぞ」と言ひて、みな返し遣はして、ただ独り、蓑尾2)といふ所にこもりにけり。

されど、なほ、かしこも心にかなはずやありけん、居所思ひわづらわれけるほどに、東の方に、金色の雲の立ちたりければ、その所を尋ねて、そこに形のごとく庵を結びてなん、跡を隠せりける。すなはち、今の金龍寺といふはこれなり。かしこに年ごろ行ひて、つひに往生を遂げたりける由(よし)、詳しく伝に記せり。

この内供は、人の夢に、千手観音の化身と見えたりけるとかや。「千観」といふ名は、かの菩薩の御名を略したるになむありける。

翻刻

  千観内供遁世籠居事/n12r
千観内供ト云人ハ。智証大師ノ流並ナキ智者也。
モヨトリ同心深カリケレド。イカニ身ヲモテナシテイカヤウ
ニ行ベシトモ思定メズ。自ラ月日ヲ送リケル間ニ或時
公請ヲ勤テ返ケルニ。四条河原ニテ空也上人ニ偶タリ
ケレバ。車ヨリ下テ対面シ。サテモイカニシテカ後世タスカル
事ハ仕ヘキト聞ヘケレバ。聖人是ヲ聞テ何サカサマ事ハ
ノタマフゾ。左様事ハ御房ナントニコソ問奉ルベケレ
カカルアヤシノ身ハ唯云カヰナク迷アリク計也。更ニヲモヒ
得タル事侍ラストテ去ナントシ給ケルヲ。袖ヲヒカヘテ
猶懇ニ問ケレバ何ニモ身ヲ捨テコソト計云テ引放/n12l
テ足ハヤニ行過給ニケリ。其時内供河原ニテ装束
ヌキカヘテ車ニ入テ。トモノ人ハトク房ヘ帰リネ我ハ是
ヨリホカヘイナムスルゾト云テ皆返遣シテ。唯独リ蓑
尾ト云所ニ籠リニケリ。サレド猶カシコモ心ニ叶ハスヤ
有ケン。居所思ワツラワレケル程ニ。東ノ方ニ金色ノ
雲ノ立タリケレバ其所ヲ尋テソコニ如形菴ヲ結ヒ
テナン跡ヲカクセリケル。即今ノ金龍寺ト云ハ是也。彼
ニ年来行テ終ニ往生ヲトケタリケル由クワシク伝ニ
シルセリ。此内供ハ人ノ夢ニ千手観音ノ化身ト見
タリケルトカヤ。千観ト云名ハ彼菩薩ノ御名ヲ略シ/n13r
タルニナムアリケル/n13l
1)
円珍
2)
箕面
text/hosshinju/h_hosshinju1-04.txt · 最終更新: 2017/04/02 19:03 by Satoshi Nakagawa
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