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--- text:hosshinju:h_hosshinju1-01 [2017/03/16 21:30] – [校訂本文] Satoshi Nakagawa
+++ text:hosshinju:h_hosshinju1-01 [2017/03/16 23:52] (現在) – [翻刻] Satoshi Nakagawa
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   発心集第一
     玄敏僧都遁世逐電事
-  昔玄敏僧都と云人有けり。山階寺のやむことなき
+  昔玄敏僧都ト云人有ケリ。山階寺ノヤムコトナキ
-  智者也けれど。世を猒心深して。更に寺の交をこのまず。
+  智者也ケレド。世ヲ猒心深シテ。更ニ寺ノ交ヲコノマズ。
-  三輪河のほとりに僅なる草の菴を結てなむ思つつ住
+  三輪河ノホトリニ僅ナル草ノ菴ヲ結テナム思ツツ住
-  けり。桓武御門の御時此事聞食て強に食出ければ
+  ケリ。桓武御門ノ御時此事聞食テ強ニ食出ケレバ
-  遁へき方なくてなましゐに参にけり。されども猶本意な
+  遁ヘキ方ナクテナマシヰニ参ニケリ。サレドモ猶本意ナ
-  らす思けるにや。奈良の御門の御世に大僧都に成給
+  ラス思ケルニヤ。奈良ノ御門ノ御世ニ大僧都ニ成給
-  けるを辞し申とてよめる
+  ケルヲ辞シ申トテヨメル
-    三輪川のきよき流れにすすきてし衣の袖を又はけかさし／n5l
+    三輪川ノキヨキ流レニススキテシ衣ノ袖ヲ又ハケカサシ／n5l
-  とてなむ奉ける。かかる程に第子にもつかはる人にも知られすして
+  トテナム奉ケル。カカル程ニ第子ニモツカハル人ニモ知ラレスシテ
-  何ちともなく失にけり。さるべき所に尋求むれど更になし。云
+  何チトモナク失ニケリ。サルベキ所ニ尋求ムレド更ニナシ。云
-  かゐ無て日比へにけれど彼のあたりの人はいはず。都て
+  カヰ無テ日比ヘニケレド彼ノアタリノ人ハイハズ。都テ
-  世のなげきにてぞ有ける其後年来経て第子なりける
+  世ノナゲキニテゾ有ケル其後年来経テ第子ナリケル
-  人事の便ありて。こしの方へ行ける道に或所に大なる
+  人事ノ便アリテ。コシノ方ヘ行ケル道ニ或所ニ大ナル
-  河あり。渡舟待得て乗たるほとに此渡守を見れば。頭はをつ
+  河アリ。渡舟待得テ乗タルホトニ此渡守ヲ見レバ。頭ハヲツ
-  つかみと云程をゐたる法師のきたなげなる麻の衣き
+  ツカミト云程ヲヰタル法師ノキタナゲナル麻ノ衣キ
-  たるにてなむ有けり。あやしの様やと見る程に。さすがに
+  タルニテナム有ケリ。アヤシノ様ヤト見ル程ニ。サスガニ
-  見なれたる様に覚ゆるを。誰かは此に似たると思めくらす
+  見ナレタル様ニ覚ユルヲ。誰カハ此ニ似タルト思メクラス
-  程に。失て年来に成ぬる我師の僧都に見成つ。／n6r
+  程ニ。失テ年来ニ成ヌル我師ノ僧都ニ見成ツ。／n6r
-  ひがめかと見れど露たかふべくも非す。いと悲て涙のこほ
+  ヒガメカト見レド露タカフベクモ非ス。イト悲テ涙ノコホ
-  るるを押つつさりけ無もてなしける。彼も見しれる気色な
+  ルルヲ押ツツサリケ無モテナシケル。彼モ見シレル気色ナ
-  から殊さら目みあわず。走よりて何でかかくてはとも云まほ
+  カラ殊サラ目ミアワズ。走ヨリテ何デカカクテハトモ云マホ
-  しけれど。いたく人しけければ中々あやしかりぬへし。上さまに
+  シケレド。イタク人シケケレバ中々アヤシカリヌヘシ。上サマニ
-  夜など居給らむ所に尋行てのどかに聞へむとて過にけり。
+  夜ナド居給ラム所ニ尋行テノドカニ聞ヘムトテ過ニケリ。
-  かくて帰さに其渡に至て見れば。あらぬ渡守也先目
+  カクテ帰サニ其渡ニ至テ見レバ。アラヌ渡守也先目
-  くれむねふたがりてこまかに尋ればさる法師侍り年来
+  クレムネフタガリテコマカニ尋レバサル法師侍リ年来
-  此渡守にて侍りしを。さやうの下臈ともなく常に心を
+  此渡守ニテ侍リシヲ。サヤウノ下臈トモナク常ニ心ヲ
-  すまして念仏をのみ申てかすかすに船ちん取事も無して。
+  スマシテ念仏ヲノミ申テカスカスニ船チン取事モ無シテ。
-  只今うち食物などの外の物をむさぶる心も無く侍／n6l
+  只今ウチ食物ナドノ外ノ物ヲムサブル心モ無ク侍／n6l
-  しかば。此の郷の人もいみじふいとをしふし侍へりし程に。何なる事か
+  シカバ。此ノ郷ノ人モイミジフイトヲシフシ侍ヘリシ程ニ。何ナル事カ
-  有けむ過ぬる比かきけつ様に失て行方も知らすと語るに。
+  有ケム過ヌル比カキケツ様ニ失テ行方モ知ラスト語ルニ。
-  くやしくわりなく覚へて其月日をかそふれば我見相たる時にぞ
+  クヤシクワリナク覚ヘテ其月日ヲカソフレバ我見相タル時ニゾ
-  ありける。身の有様をしられぬとて又さりにけるなるべし
+  アリケル。身ノ有様ヲシラレヌトテ又サリニケルナルベシ
-  此事は物語にも書て侍るとなむ人のほのほの語しはかりを
+  此事ハ物語ニモ書テ侍ルトナム人ノホノホノ語シハカリヲ
-  書けるなり又古今歌に
+  書ケルナリ又古今歌ニ
-    山田もる僧都の身こそ哀れなれ秋はてぬれは問人もなし
+    山田モル僧都ノ身コソ哀レナレ秋ハテヌレハ問人モナシ
-  此も彼玄敏の哥と申侍へり。雲風の如くさすらへ
+  此モ彼玄敏ノ哥ト申侍ヘリ。雲風ノ如クサスラヘ
-  行ければ田なと守る時も有けるにこそ。近比三井寺の
+  行ケレバ田ナト守ル時モ有ケルニコソ。近比三井寺ノ
-  道顕僧都ときこゆる人侍べりき。彼物語を見て涙を／n7r
+  道顕僧都トキコユル人侍ベリキ。彼物語ヲ見テ涙ヲ／n7r
-  流つつ渡守こそげに罪なくて世を渡る道なりけるとて。
+  流ツツ渡守コソゲニ罪ナクテ世ヲ渡ル道ナリケルトテ。
-  水海の方に舟を一まうけられたりけるとかや。其事あら
+  水海ノ方ニ舟ヲ一マウケラレタリケルトカヤ。其事アラ
-  ましばかりにて空く石山の河岸にくちにけれども乞願
+  マシバカリニテ空ク石山ノ河岸ニクチニケレドモ乞願
-  心さしは猶ありがたくそ侍し／n7l
+  心サシハ猶アリガタクソ侍シ／n7l