平中物語
第28段 またこの男音聞きに聞き馴らしたる女をこの男のもとに・・・
校訂本文
また、この男、音聞きに聞き馴らしたる女を、この男のもとに1)来通ふ女も、行く所にぞありける。それを、この男の名を借りてぞ、そこに呼ばひする男ぞ2)ありける。この女、「かく通ふ人」とも言はであるほどに、会ひにけり。
住みける男、夜深く来ては、また暁に帰りなどす。かくて、ほど経にければ、この女ども。気色取りて、この女に、「誰ぞ、心憂くこれを言はざりけること」などぞ言ひければ、かの通ひける女ども、かの男のもとに来て、「かかりけることのありけるを、同じうは、われに言はで、心も知らぬたよりを求めけるかな」と言ひければ、この男、あやしく知らぬことなりければ、あらがひけるを、女ども怨(ゑ)じければ、男、「なほうかがひても見よ」と言ひけり。
さりければ、帰り来て、夜更くるまでうかがひて、その男の来て、もの言ふを聞きて、絶えて会はずなりぬ。そのかみ、この女、つかひと3)のもとに居(を)るところに、火を灯して見るに、まだ知らぬがあやしきぞ、集まり居りける。
かかれば、この女、来騒ぎてものしければ、この名借いたる男は、気色見て、出で走り去にけり。
言(こと)伝へける者・女ども、夜のうちに隠る。それをかの名借れる男は聞きて、「このことを聞きて、密(みそ)かに告げて、捕へさせで」と恨みて、「かの、はかられて、わびらるる人に」とて、
東野の東屋に住む武士(もののふ)やわかなを萱(かや)にかり渡るらむ
女は思ひ恥ぢて、返り事もせず。
翻刻
あるへきとそおもひうしてやみにける又この男
おとききにききならしたる女をこのおとこの
このもとにきかよふ女もいくところにそありけ
るそれをこのおとこのなをかりてそそこに
よはひするをとこにそありけるこの女かくか
よふ人ともいはてあるほとにあひにけりすみ
けるをとこ夜ふかくきてはまたあかつきにかへり
なとすかくてほとへにけれはこの女とも気色/40ウ
とりてこの女にたれそ心うくこれをいは
さりけることなとそいひけれはかのかよひけ
る女とんかのをとこのもとにきてかかりける
ことのありけるをおなしうは我にいはて心も
しらぬたよりをもとめけるかなといひけれは
この男あやしくしらぬ事なりけれはあらか
ひけるを女とんゑしけれはおとこなをうかか
ひてもみよといひけりさりけれはかへりき
て夜ふくるまてうかかひてそのおとこの
きてものいふをききてたえてあはすなりぬそ
の神この女つかひとのもとにおるところに火/41オ
をとんしてみるにまたしらぬかあやしきそ
あつまりおりけるかかれはこの女きさわきて
ものしけれはこのなかいたるをとこはけ
しき見ていてはしりいにけりことつたへ
ける物女とんよのうちにかくるそれをかのな
かれるおとこはききてこのことをききてみそか
につけてとらへさせてとうらみてかのはかられ
てわひらるる人にとて
あつまののあつまやにすんもののふや
わかなをかやにかりわたるらむ
女はおもひはちてかへり事もせす又この男/41ウ