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text:chomonju:s_chomonju699

古今著聞集 魚虫禽獣第三十

699 建保のころ北小路堀川辺の在家に女ありけり・・・

校訂本文

建保のころ、北小路堀川辺の在家に女ありけり。湯を沸かして釜の前に火をたきてゐたりけるに、三尺ばかりなる蛇(くちなは)入り来て、その釜の前なる1)鼠の穴へ入りにけり。女、恐しく思ひて、「いかがせまし」と思ひたるところに、隣なる女来たりけるに、「ただ今かかることこそありつれ。よにけむつかしくて」など言ふを聞きて、この女、「何か恐れ給ふ。いとやすくしたためてん2)。その煮えたる湯を穴の口に汲み入れ給へ。さらば熱さに耐へずして這ひ出でなん」と言ふ。「まことに」とて、いふまま、煮かへりたる湯を穴の口に汲み入れたりけるほどに、案にたがはず蛇出でて、びりびりとひろめきて、やがて死ぬ。「かしこく教へて、無慚(むざん)なれども、いかがはせむ」とて捨ててけり。

その次の日の未時ばかりに、「その湯汲み入れよ」と教へつる女、にはかに病みいでて、「あらあつや、あつや」とをめき入り、くるめくこと3)おびたたし。験者を呼びて祈らするに、蛇の霊、病者にあらはれて、「いかに祈るとも、かなふまじ。大路にて童部4)にさいなまれつる耐へがたさに、『しばし身を助からむ』とて、その穴に這ひ入りたれば、なにの苦しければ、よしなきことをば言ひ教へて、わが命をば殺しつるぞ」と言ひて、やがてとり殺してけり。その身を見れば、蛇の焼けたりけるにたがはず、ただれ破れたりけり。その刻限も、やがて昨日蛇の焼かれたりしほどなりけり。

かやうのことは、ながく人のすまじきことなり。

翻刻

建保の比北少路堀河辺の在家に女ありけり湯を
わかしてかまの前に火をたきてゐたりけるに三尺
はかりなるくちなはいりきてそのかまのまへなき鼠の
穴へ入にけり女おそろしく思ていかかせましと思ひ/s546r
たる所に隣なる女きたりけるにたたいまかかる
事こそありつれよにけむつかしくてなといふをき
きてこの女なにかおそれたまふいとやすくしたためけん
そのにえたる湯を穴のくちにくみ入たまへさらはあ
つさにたへすしてはい出なんといふまことにとていふ
ままにかへりたる湯を穴の口にくみ入たりける程に
あむにたかはすくちなはいててひりひりとひろめきて
やかてしぬかしこくをしへてむさんなれともいかかはせむ
とてすててけりその次日の未時はかりにその湯くみ入
よとをしへつる女にはかにやみいててあらあつやあつやと
をめきいりくるめくとおひたたし験者をよひていのら/s546l

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/546

するにくちなはの霊病者にあらはれていかにいのる
ともかなふまし大路にてわはへにさいなまれつるた
へかたさにしはし身をたすからむとてそのあなに
はい入たれはなにのくるしけれはよしなきことをは
いひをしへてわか命をはころしつるそといひてやか
てとりころしてけりその身をみれはくちなはのやけ
たりけるにたかはすたたれやふれたりけり其
剋限もやかて昨日くちなはのやかれたりしほ
となりけりかやうの事はなかく人のすましきことなり/s547r

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/547

1)
「なる」は底本「なき」。諸本により訂正。
2)
「てん」は底本「けん」。諸本により訂正。
3)
「こと」は底本「と」。諸本により補う。
4)
「童部」は底本「わはへ」。諸本により訂正。
text/chomonju/s_chomonju699.txt · 最終更新: 2021/01/23 17:00 by Satoshi Nakagawa