text:chomonju:s_chomonju671
古今著聞集 草木第二十九
671 松樹を貞木といふことはまさしく人のためにかの木の貞心あるにはあらず・・・
校訂本文
(抄しこれを加ふ1))
松樹を貞木といふことは、まさしく人のために、かの木の貞心あるにはあらず。霜雪のはげしきにも色をあらためず、いつも緑なれば、これを貞心に比ぶるなり。「貞松は年の寒きにあらはれ、忠臣は国の危ふきに見ゆ」と、潘安仁2)が「西征賦」に書ける、この心なり。
菅家3)、太宰府に思し召し立ちけるころ、
東風(こち)吹かば匂ひおこせよ梅の花あるじなしとて春な忘れそ
と詠み置き給ひて、京(みやこ)を出でて筑紫に移り給ひて後、かの紅梅殿の梅の片枝、飛び参りて4)、生ひつきにけり。
ある時、かの梅に向ひ給ひて、
ふるさとの花のもの言ふ世なりせばいかに昔のことを問はまし
と、ながめさせ給ひたりければ、かの木、
(如本。不審事等在之。5))
先入於故宅
廃籬於久年
麋鹿於住所
無主又有花
かく申したりけるこそ、あさましともあはれとも、心も言葉も及ばね。
翻刻
(抄加之)松樹を貞木といふことはまさしく人のために彼木の貞心 あるにはあらす霜雪のはけしきにも色をあらためす いつもみとりなれはこれを貞心にくらふる也貞松は年 のさむきにあらはれ忠臣は国のあやうきにみゆと潘 安仁か西征賦にかける此心なり 菅家太宰府におほしめしたちける比 こちふかはにほひをこせよ梅花あるしなしとて春なわすれそ とよみをき給てみやこをいててつくしにうつり給て のちかの紅梅殿の梅の片枝とひまはりてをひつきに/s526r
けりある時彼梅にむかひ給て 古郷の花の物いふ世なりせはいかにむかしのことをとはまし となかめさせ給たりけれは彼木 (如本不審事等在之) 先久於故宅 廃籬於久年 麋鹿於住所 無主又有花 かく申たりけるこそあさましともあはれともこころもこと はもをよはね/s526l
text/chomonju/s_chomonju671.txt · 最終更新: 2021/01/11 21:42 by Satoshi Nakagawa