text:chomonju:s_chomonju608
古今著聞集 変化第二十七
608 三条の前の右の大臣の白川の亭にいづこよりともなくて飛礫を打ちけること・・・
校訂本文
三条の前の右の大臣1)の白川の亭に、いづこよりともなくて飛礫(つぶて)を打ちけること、たびたびになりにける。人々2)怪しみ驚けども、何のしわざといふことを知らず。次第に打ちはやりて、一日一夜に二盥(たらひ)ばかりなど打ちけり。蔀(しとみ)・遣戸(やりど)をうち通せども、その跡なし。さりけれども、人に当たることはなかりけり。
「このことを、いかにしてとどむべき」と、人々さまざまに議すれども、しいだしたることもなきに、ある田舎侍の申しけるは、「このこととどめん、いとやすきことなり。殿ばら、面々に狸を集め給へ。また酒を用意せよ」と言ひければ、「この主(ぬし)は田舎だちのものなれば、さだめてやうありてこそ言ふらめ」と思ひて、おのおの言ふがごとくにまうけてけり。
その時、この男、侍の畳(たたみ)を北の対の東の庭に敷きて、火をおびたたしくおこして、そこにて、この狸をさまざま調じて、おのおのよく食ひてけり。酒の飲み、ののしりて言ふやう、「いかでか、おのれほどの奴めは、大臣家をばかたじけなく打ち参らせけるぞ。かかるしれごとする物ども、かやうにためすぞ」と、よくよくねぎかけて、その所は勝菩提院なれば、その古築地の上に骨投げ上げなどして、よく飲み食ひてけり。
「今はよも別(べち)のこと候はじ」と言ひけるに合はせて、その後長く飛礫打つことなかりけり。
これさらにうけることにあらず。近き不思議なり。疑ひなき狸のしわざなりけり。
翻刻
三条の前の右の大臣の白川の亭にいつこよりと もなくて飛礫をうちけることたひたひになりに ける\/あやしみおとろけともなにのしはさといふ ことをしらす次第にうちはやりて一日一夜に二盥 はかりなとうちけり蔀遣戸をうちとをせとも/s484r
その跡なしさりけれとも人にあたる事はなかりけり このことをいかにしてととむへきと人々さまさまに議 すれともしいたしたる事もなきに或田舎侍の申 けるは此事ととめんいとやすきこと也殿原面々 に狸をあつめたまへ又酒を用意せよといひけれ はこのぬしは田舎たちのものなれはさためてやう ありてこそいふらめと思て各いふかことくにまう けてけりその時この男侍のたたみを北対の東 庭にしきて火をおひたたしくをこしてそこにて この狸をさまさま調しておのおのよく食てけり さけのみののしりていふやういかてかおのれ程のや/s484l
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/484
つめは大臣家をはかたしけなく打まいらせけるそ かかるしれ事する物ともかやうにためすそとよくよく ねきかけて其所は勝菩提院なれはそのふる 築地のうへに骨なけあけなとしてよくのみくひ てけり今はよもへちのこと候はしといひけるに あはせてそののちなかくつふてうつことなかりけり これさらにうけることにあらすちかきふしきなりうた かひなきたぬきのしはさなりけり/s485r
text/chomonju/s_chomonju608.txt · 最終更新: 2020/11/22 12:27 by Satoshi Nakagawa