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古今著聞集 変化第二十七
600 東大寺の聖人春舜房はもとは上醍醐の人なり・・・
校訂本文
東大寺の聖人春舜房は、もとは上醍醐1)の人なり。そのかみ、上醍醐にて如法経を書きておはしけるに、柿の衣・袴着たる法師のいと恐しげなるが、いづくよりともなく出で来たり。上人をかき負ひて、空をかけりて行きけり。三千世界は眼前に見えて、至らぬ所なし。
さて、いづくとも知らぬ山の中に率(ゐ)て行きて、うちおろしてけり。「あさまし」と思ひてゐたるほどに、また同じさまなる法師ども、その数多く見え来たる、何とやらん、面々にものを言ひ合へり。
かかるほどに、その中にむねとの者とおぼしき僧出で来て、上人を見て言ふやう、「いかに、この御坊をば、かかる所へは具し奉りたるぞ。はなはだあるまじきこと2)なり。すみやかにもとの所へ送り奉るべし」と、おほきに驚きたる気色にて言ひければ、ありつる法師来て、またかき負ひて行くかと思ふほどに、上醍醐の本房にうち置きたりけり。
これ天狗の所為(しよゐ)なり。
翻刻
東大寺聖人春舜房はもとは上醍醐の人なりその かみ上醍醐にて如法経をかきておはしけるに柿衣袴 きたる法師のいとおそろしけなるかいつくよりとも なくいてきたり上人をかきをいて空をかけりて ゆきけり三千世界は眼前にみえていたらぬ所なし さていつくともしらぬ山の中にいて行てうちおろし てけりあさましと思て居たる程に又おなしさまなる/s472r
法師ともその数おほく見えきたる何とやらん面々に 物をいひあへりかかる程に其中にむねとのものとお ほしき僧いてきて上人をみていふやういかに此御坊を はかかるなりすみやかにもとの所へをくりたてまつるへし と大におとろきたるけしきにていひけれはありつる 法しきて又かきをいて行かと思ふほとに上醍醐の 本房にうちをきたりけりこれ天狗の所為なり/s472l
text/chomonju/s_chomonju600.txt · 最終更新: 2020/11/11 23:07 by Satoshi Nakagawa