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古今著聞集 変化第二十七
599 承安元年七月八日伊豆国奥島の浜に船一艘つきたりけり・・・
校訂本文
承安元年七月八日、伊豆国奥島の浜に、船一艘着きたりけり。島人ども、「難風に吹き寄せられたる船ぞ」と思ひて、行き向かひて見るに、陸地(くがち)より七・八段ばかり隔てて、船を留めて、鬼、縄を下ろして、海底の石に四方を繋ぎて後、鬼八人、舟より下りて海に入りて、しばしありて岸に上りぬ。
島人、粟酒をたびければ、飲み食ひけること馬のごとし。鬼はもの言ふことなし。その形、身八・九尺ばかりにて、髪は夜叉のごとし。身の色赤黒にて、眼まろくして猿の目のごとし。みな裸なり。身に毛生ひず、蒲(かま)を組みて腰に巻きたり。身にはやうやうの物形(ものかた)を彫(ゑ)り入れたり。まはりにふくりんをかけたり。おのおの六・七尺ばかりなる杖をぞ持ちたりける。
島人の中に弓矢持ち1)たるありけり。鬼、乞ひけり。島人、惜しみければ、鬼、時をつくりて杖をもちて、まづ弓持ちたるをうち殺しつ。およそ打たるる者、九人がうち五人は死にぬ。四人は手を負ひながら生きたりけり。
その後、鬼、脇より火を出だしけり。島人、「みな殺されなんず」と思ひて、神物の弓矢を申し出だして、鬼のもとへ向かひたりければ、鬼、海に入りて、底より船のもとに至りて乗りぬ。すなはち風に向かひて走り去りぬ。
同じき十月十四日、国解(こくげ)を書きて、落したりける帯を具して、国司に奉りたりけり。件(くだん)の帯は蓮花王院の宝蔵に納められにけるとかや。
翻刻
承安元年七月八日伊豆国奥嶋の浜に船一艘つ きたりけり嶋人とも難風に吹よせられたる船そと思て 行むかひて見るに陸地より七八段はかりへたてて 船をととめて鬼縄をおろして海底の石に四方をつ なきて後鬼八人舟よりおりて海に入てしはしあり て岸にのほりぬ嶋人粟酒をたひけれはのみくひける 事馬のことし鬼は物いふことなし其かたち身八九/s471r
尺はかりにて髪は夜叉のことし身の色赤黒にて眼 まろくして猿の目のことし皆はたか也身に毛おいす 蒲をくみて腰にまきたり身にはやうやうの物かたを ゑり入たりまはりにふくりんをかけたり各六七尺はかり なる杖をそもちたりける嶋人のなかに弓矢も ろたるありけり鬼こひけり嶋人おしみけれは鬼時 をつくりて杖をもちてまつ弓もちたるをうちこ ろしつをよそうたるるもの九人かうち五人は死ぬ四人は手を 負なからいきたりけりそののち鬼脇より火をいたしけり 嶋人みなころされなんすと思て神物の弓矢を申いた して鬼のもとへむかひたりけれは鬼うみに入て底より/s471l
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/471
船のもとにいたりてのりぬすなはち風にむかひて はしりさりぬ同十月十四日国解をかきておとしたり ける帯をくして国司にたてまつりたりけり件 帯は蓮花王院の宝蔵にをさめられにけるとかや/s472r
1)
「持ち」は底本「もろ」。諸本により訂正。
text/chomonju/s_chomonju599.txt · 最終更新: 2020/11/11 22:24 by Satoshi Nakagawa