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text:chomonju:s_chomonju549

古今著聞集 興言利口第二十五

549 近ごろ天王寺よりある中間法師京へ上りける道に・・・

校訂本文

近ごろ、天王寺1)より、ある中間法師、京へ上りける道に、山臥一人、また鋳物師(いもじ)する男一人、行き連れて上りけり。おのおの三人、歩み連れて行くに、今津の辺にて日暮れてければ、三人一つ宿(やど)に泊まりにけり。家の主(あるじ)は遊女にてぞ侍りける。

おのおのうち休みて寝ぬれば、主も塗籠(ぬりごめ)に入りて寝にけり。人しづまるほどに、この山臥、起きゐて、髪を髻(もとどり)にとりけり。鋳物師男はたらと寝入りぬ。中間法師はそら寝入りして、この山臥が振舞ひ見ゐたるほどに、髻とり果てて、寝入りたる鋳物師が烏帽子(えぼうし)を取りて着てけり。

さて、遊女が寝たる塗籠のもとに至りて、やをら叩きければ、すなはち開けて、「誰(た)そ」と問へば、「われは宿り人(うど)にて侍り2)。これの御釜を見れば、片釜(かたかま)ばかりありて脇釜(わきがま)なし。さだめて欲しく思はせ給ふらん。かく候ふ者は鋳物師にて候ふぞ。参らせんはいかに」と言ひければ、君、「いとよきこと」と思ひて、すなはち内へ入れて寝にけり。さて、ことどもよくして、その着たりつる烏帽子をば君が枕にとどめ置きて、あからさまなるやうにて出でにけり。

その後、もとのごとくに髪乱して、かたのごとく行ひするよしして、残りの輩(ともがら)に言ふやう3)、「連れ奉るべく侍れども、急ぎたることあれば、先立ちて上り侍るぞ」と言へば、「いかに、出で立ちのこと、したためてこそは」など止めけれども、聞かで出でぬ。その後、この鋳物師、烏帽子を求めけれども無かりければ、おぼつかなきことかぎりなし。

さるほどに夜明けにければ、君起きて鋳物師に言ふやう、「約束の釜はいづくにあるぞ。はやく賜べ4)と責む。おほかた知らぬことなれば、かたくあらがふ。その時、君、「そらぼけなしたまひそ。烏帽子はここにあるは。誰に塗り付けんとて、かくほどに人を出だし抜かんとするぞ。すみやかに約束のままに給ふべし」と責めかけければ、鋳物師、あきれ騒ぎて、「いかにもいかにも、さること侍らず。いかにかかる無実をば、げにげにとのたまふぞ」と答へゐたれども、あへて用ゐず。

「何とわぜうめ言ふぞ。年は寄りたれども、ちうぼうは六寸ばかりにて、若者よりはしたたかにしたりつるは」と言ふに、鋳物師、聞きもあへず、「あな冥加。天道神仏はわしましけるは5)。これ見給へ。六寸の物はかかるか」とて、わづかなる小まらの、しかも衣(きぬ)かづきしたるをかき出だしたりければ、君、言ふことなかりけり。

隣の者までも聞きて、「この山臥してけり」と憎み笑ひけり。さて、鋳物師が難は逃れて上りにけるとなむ。

翻刻

近比天王寺よりある中間法師京へ上けるみちに
山ふし一人又いもしする男一人行つれて上けり各三
人あゆみつれて行に今津辺にて日暮てけれは
三人一やとにとまりにけり家のあるしは遊女にて/s434l

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/434

そ侍りけるをのをのうちやすみてねぬれはあるしも
ぬりこめに入てねにけり人しつまる程に此山臥
をきゐてかみをもととりにとりけりいもし男はた
らとねいりぬ中間法師はそらね入して此山ふしか
ふるまひ見ゐたる程にもととりとりはててねいり
たるいもしかゑほうしをとりてきてけりさて遊女か
ねたるぬりこめのもとにいたりてやをらたたきけれは
則あけてたそととへはわれはやとりうとにて侍候
これの御かまを見れはかたかまはかりありてわきかま
なしさためてほしくおもはせ給らんかく候物はいもし
にて候そまいらせんはいかにといひけれは君いとよき/s435r
事とおもひて則ちうちへいれてねにけりさて事
ともよくしてそのきたりつるゑほうしをはきみか
枕にととめをきてあからさまなるやうにていてにけり
其後もとのことくにかみみたしてかたのことくおこなひ
する由してのこりの輩にいふいふやうつれたて
まつるへく侍れともいそきたる事あれはさきたち
て上侍そといへはいかにいてたちの事したためてこそ
はなととめけれともきかていてぬ其後此いもしゑほ
うしをもとめけれともなかりけれはおほつかなきこと
限なしさる程に夜あけにけれは君をきていもしにいふ
やうやくそくのかまはいつくにあるそはやくたいとせむ/s435l

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/435

おほかたしらぬ事なれはかたくあらかふ其時君そら
ほけなしたまひそゑほうしはここにあるはたれにぬり
つけんとてかくほとに人をいたしぬかんとするそすみ
やかにやくそくのままに給へしとせめかけけれはいもし
あきれさはきていかにもいかにもさる事侍らすいかにかかる
無実をはけにけにとのたまふそとこたへゐたれとも
あへてもちゐすなにとわせうめいふそとしはより
たれともちうほうは六寸はかりにてわか物よりはしたた
かにしたりつるはといふにいもしききもあへすあなみ
やうか天道神仏はわらましけるはこれ見給へ六寸
の物はかかるかとてわつかなるこまらのしかもきぬかつ/s436r
きしたるをかきいたしたりけれは君いふことなかりけり
隣のものまても聞て此山ふししてけりとにくみ
わらひけりさていもしかなむはのかれて上にけるとなむ/s436l

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/436

1)
四天王寺
2)
「侍り」は底本「侍候」。諸本により訂正。
3)
「言ふやう」は底本「いふいふやう」。諸本により訂正。
4)
「賜べ」は底本「たい」。諸本により訂正。
5)
「わしましけるは」は底本「わらましけるは」。諸本により訂正。
text/chomonju/s_chomonju549.txt · 最終更新: 2020/10/18 14:45 by Satoshi Nakagawa