text:chomonju:s_chomonju539
古今著聞集 興言利口第二十五
539 同じ御時小川滝口定継といふ御気色よき主侍りけり・・・
校訂本文
同じ御時1)、小川滝口定継といふ御気色よき主(ぬし)侍りけり。四臈座(しらふざ)にて、上臈を越して久しく奉公して候ひける。
名月の夜、主上、南殿に出御ありて、御遊ありけるに、かの定継が下人、黒戸の方の御厩の辺に居眠(ゐねぶ)りして候ひけるが、にはかに走り立ちて、中将実忠朝臣2)の綾小路の家へ、さか息になりて走り向ひて言ふやう、「ただ今、内裏へきと参らせ給へ。なほなほ、きときと」と言ひけり。
中将、「さしもの急事、何事にか」と怪しう思ひて、「誰(た)が奉行ぞ」と尋ねられければ、「小川滝口殿の承はらせ給ひて候ふ」と言ひて、やがて走り帰りけるほどに、中将慌て騒ぎて、馳せ参りて、うかがひければ、ただ今南殿にわたらせ給ふよし、女房申せば、御後の方にておとなふに、「誰(た)そ」と御尋ねあれば、「実忠朝臣、召され候ひつるほどに、参りたる」よし申しければ、おほかたさることなければ、不思議に思し召して、くはしく御尋ねありければ、使の言ひつるごとく定継が承るとて、やがてその下人にて候ふよし申しければ、定継承りてあひ尋ぬるに、はやく、かの下人寝ぼけて、かく召したりけるなり。あまりに走りけるほどに、二条油小路を南へかい下りける時、築地の角に走り当たりて、顔さき突き欠きてありけり。そのよしを申上げければ、比興の沙汰にてやみにけり。
定継が申しけるは、「これは勝事にて候ふ。寝ぼけ候はんからに、さることやはつかうまつるべき。まさるさまのくせごとをもぞ引き出だし候ふ」とて、この下人を、やがて使はずなりにけり。
翻刻
同御時小川瀧口定継といふ御気色よきぬし侍けり 四臈座にて上臈をこして久しく奉公して候ける 名月の夜主上南殿に出御ありて御遊ありけるに 彼定継か下人黒戸のかたの御厩の辺にいねぶり して候けるか俄にはしり立て中将実忠朝臣の綾 少路の家へさかいきになりてはしり向ていふやう 只今内裏へきとまいらせ給へ猶々きときとといひけり 中将さしもの急事何事にかとあやしう思てたか奉 行そと尋られけれは小川瀧口殿のうけ給はらせ 給て候といひてやかてはしりかへりける程に中将 あはてさはきてはせまいりてうかかひけれはたたいま/s426r
南殿にわたらせ給よし女房申せは御後のかたにて をとなふにたそと御尋あれは実忠朝臣めされ候 つる程にまいりたるよし申けれはおほかたさる事 なけれはふしきにおほしめして委御尋ありけれは 使のいひつることく定継か承とてやかてその下人 にて候由申けれは定継承て相尋にはやくかの 下人ねほけてかくめしたりけるなり餘にはしり ける程に二条油少路を南へかいをりける時築地の 角にはしりあたりてかほさきつきかきてありけり 其由を申上けれは比興のさたにてやみにけり定 継か申けるはこれは勝事にて候ねほけ候はんからに/s426l
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さる事やはつかうまつるへきまさるさまのくせことを もそ引いたし候とて此下人をやかてつかはすなり にけり/s427r
text/chomonju/s_chomonju539.txt · 最終更新: 2020/10/11 16:41 by Satoshi Nakagawa