text:chomonju:s_chomonju519
古今著聞集 興言利口第二十五
519 妙音院入道殿仰せらるるべきことありて・・・
校訂本文
妙音院入道殿1)、仰せらるるべきことありて、孝道朝臣2)の若かりける時、「今日、たがはで3)祗候(しこう)すべき」よし、仰せ含められたりけるに、孝道、仰せを承りながら失せにけり。
終日遊び歩(あり)きて、夕べに帰参したりければ、入道殿、おほきに怒らせ給ひて、御勘発(かんぼつ)のあまりに、贄殿(にへどの)の別当なりける侍を召して、麦飯に鰯あはせにて、「ただ今調進すべき」よし、仰せられければ、すなはち参らせたりけるを、孝道に食はせられけり。日暮らし遊びこうじて物の欲しかりける時にて、かひがひしくみな食ひてけり。
その時、いよいよ叱り給ひて、「三千三百三十三度の拝みせよ」と仰せられければ、孝道、もとよりすくよかなる者にて侍る上に、ただ今ものよく食ひて、力もありて覚えけるままに、いとやすやすとし果てにけり。
その時入道殿、頭掻(かしらか)きをせさせ給ひて、「やすからぬものかな。法師は死なばや」と仰せられたりける。上臈しかりける御勘当なりかし。
この飯菜をうとましきことに思し召し取りたることは、御遠行の時、知ろし召したりけるとかや。さならでは、まことにいかでかさるものありとも知ろし召すべき。
翻刻
妙音院入道殿仰らるるへき事ありて孝道朝臣の 若かりける時けふたるはて祗候すへき由仰ふく められたりけるに孝道仰を承なからうせにけり終日 あそひありきてゆふへに帰参したりけれは入道殿 おほきにいからせ給て御勘発のあまりに贄殿の 別当なりける侍をめして麦飯に鰯あはせにて たたいま調進すへき由仰られけれは則ちまいらせ たりけるを孝道にくはせられけり日くらしあそひ こうして物のほしかりける時にてかひかひしく皆 くひてけり其時いよいよしかり給て三千三百三十/s413r
三度のおかみせよと仰られけれは孝道もとよりすく よかなる物にて侍うへに只今物よく食て力もありて おほえけるままにいとやすやすとしはてにけり其時 入道殿かしらかきをせさせ給てやすからぬ物かな 法師はしなはやと仰られたりける上臈しかりける 御勘当なりかし此飯菜をうとましきことにおほし めしとりたる事は御遠行の時しろしめしたりけると かやさならてはまことにいかてかさる物ありともしろし めすへき/s413l
text/chomonju/s_chomonju519.txt · 最終更新: 2020/09/24 22:56 by Satoshi Nakagawa