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text:chomonju:s_chomonju512

古今著聞集 興言利口第二十五

512 藤中納言家成卿黒き馬を持ちたりけるを下野武正しきりに乞ひけるを・・・

校訂本文

藤中納言家成卿1)、黒き馬を持ちたりけるを、下野武正、しきりに乞ひけるを、「なんぢが欲しう思ふほどに、われは惜しう思ふぞ」とて、取らせざりければ、武正、力及ばで過ぐしけるに、雪の降りたりける朝、中納言のもとに盃酌ありけるに、武正、御鷹飼にて侍りければ、鳥を枝につけてもて来たりけり2)

中納言、侍をもて、「武正は何色の狩衣に、いか体(てい)なる馬にか乗りたる」と見せければ、「褐返(かちかへし)の狩衣に、ことにひきつくろひて侍る葦毛なる伝馬(てんま)の不可思議なるにこそ乗りて候へ」と言ひければ、「この上は力なし。かなしうせられたり」とて、秘蔵の黒馬を賜はせてけり。

同じ卿の、大和国なる所領より、物を上(のぼ)せける沙汰の者、夫(ぶ)よりはるかに先立ちて上りけるほどに、はや馬眠(ねぶ)りをして、手綱うち捨てて、馬にまかせて行くほどに、この馬、大和国の家て方へ行きけり。つやつやと知らずして、はるかに帰りにけり。

さるほどに、下がりて上る夫に行き会ひてければ、夫、「これはいづかたへおはするぞ」と言ふ時、はじめておどろきにけり。ねぼけて、かく言ふ夫を、「逃げて下るぞ」と心得て、是非なく叱りて、やがて件(くだん)の夫をからめたりける。夫の不祥こそ、をかしく侍れ。

翻刻

藤中納言家成卿くろき馬をもちたりけるを下野
武正頻にこひけるを汝かほしう思ほとにわれは
おしうおもふそとてとらせさりけれは武正ちからを
よはてすくしけるに雪のふりたりける朝中納言
のもとに盃酌ありけるに武正御鷹飼にて侍
けれは鳥を枝につけてもてきたりたりけり中納言
侍をもて武正はなに色の狩衣にいかていなる馬に
かのりたると見せけれはかちかへしの狩衣にことに/s408l

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/408

ひきつくろひて侍るあしけなる伝馬の不可思議
なるにこそのりて候へといひけれは此うへはちからなし
かなしうせられたりとて秘蔵のくろ馬をたまはせてけり
同卿の大和国なる所領よりものを上ける沙汰の物夫
よりはるかにさきたちてのほりける程にはや馬ね
ふりをして手綱うちすてて馬にまかせて行程に
此馬大和国の家てかたへゆきけりつやつやとしら
すしてはるかに帰りにけりさる程にさかりてのほる
夫に行あひてけれは夫これはいつかたへおはするそ
といふ時はしめておとろきにけりねほけてか
くいふ夫をにけてくたるそと心えて是非なく/s409r
しかりてやかて件の夫をからめたりける夫の不
祥こそをかしくはへれ/s409l

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/409

1)
藤原家成
2)
「来たりけり」は底本「きたりたりけり」。諸本により訂正。


text/chomonju/s_chomonju512.txt · 最終更新: 2020/09/17 22:06 by Satoshi Nakagawa