text:chomonju:s_chomonju429
古今著聞集 偸盗第十九
429 博雅三位の家に盗人入りたりけり・・・
校訂本文
博雅三位1)の家に、盗人入りたりけり。三品、板敷の下に逃げ隠れにけり。盗人帰り、さて2)後、這ひ出でて家の中を見るに、残りたる物なく、みな取りてけり。
篳篥(ひちりき)一つを置物厨子(おきものづし)に残りたりけるを、三位、取りて吹かれたりけるを、出でて去りぬる盗人、はるかにこれを聞きて、感情おさへがたくして、帰り来たりて言ふやう、「ただ今の御篳篥の音(ね)を承るに、あはれに貴く候ひて、悪心みな改まりぬ。取る所3)の物ども、ことごとくに返し奉るべし」と言ひて、みな置きて出でにけり。
昔の盗人は、またかく優(いう)なる心もありけり。
翻刻
博雅三位の家に盗人入たりけり三品板敷の したに逃かくれにけり盗人帰りきて後はい出て家 中をみるにのこりたる物なくみなとりてけり篳篥 一を置物厨子にのこりたりけるを三位とりてふ かれたりけるを出てさりぬる盗人はるかにこれを 聞て感情おさへかたくして帰きたりて云やう只 今の御篳篥のねをうけたまはるにあはれにたう とく候て悪心みなあらたまりぬとか所の物ともことこと くにかへしたてまつるへしといひてみなをきて 出にけりむかしの盗人は又かくいうなる心も有けり/s326l
text/chomonju/s_chomonju429.txt · 最終更新: 2020/06/20 12:37 by Satoshi Nakagawa