古今著聞集 博奕第十八
426 建長五年十二月二十九日法深房のもとに刑部房といふ僧あり・・・
校訂本文
建長五年十二月二十九日、法深房1)のもとに刑部房といふ僧あり、かれと二人、囲碁を打ちけるほどに、法深房の方の石、目一つ作りて、そのうへ劫(こふ)を立てたりければ、「ただには取らるまじ2)」と言はれけり。刑部房いはく、「目はただ一つなり。劫ありとても、また目つくるべき所なし。そばに攻め合ふ石もなし。逃げて行くべき方もなし。いかでか取らざらん」と言ふ。法深房いはく、「それはさることなれども、ほかに両劫の所あり。これを劫にしひたらんずれば、勝る敵を取りて勝つべし。両劫の石を惜しまれば、目一つの上の劫つきすまじければなり」。刑部房いはく、「両劫はさることにて候へども、それをば頼みて、目一つの石生くまじきを、『せめてくへ』と候ふ、いはれなきことなり」と、互ひに争ひて、ことゆきがたきによりて、懸物を定めてあらがひになりにけり。
当世囲碁の上手どもにことはらせける。まづ備中法眼俊快に問ひたりければ、「両劫にかせう一つとは、これがことなり。法深房の理なり」と定めつ。次に珍覚僧都に問ふに、また、「法深房の理なり」と定む。次に如仏にことはらするに、判じていはく、「目一つありといへども、両劫のあらんには死石(しにいし)にあらず」と言へり。自筆に勘(がんが)へて、判形加へて送り3)たりけり。
この上は、また判者なければ、法深房の勝ちになりてけり。刑部房、懸物わきまへ、風炉たきなどして、きらめきたりけり4)。
そもそも師走の二十九日、さしものまぎれの中に囲碁を打つだに、打ちまかせては心づきなかりぬべきに、所々へ5)使(つかひ)を走らかして6)判せさせけること、罪許さるるほどの数寄にて侍れ。俊快法眼は感歎入興しけるとぞ。
翻刻
建長五年十二月廿九日法深房のもとに刑部房といふ 僧ありかれとふたり囲碁をうちける程に法深房/s324r
の方の石目一つくりてそのうへこうをたてたりけ れはたたにはとらまましといはれけり刑部房云 目はたた一なりこうありとても又目つくるへき所なし そはにせめあふ石もなし逃て行へき方もなし いかてかとらさらんといふ法深房云それはさる事 なれとも外に両こうの所ありこれをこうにしゐたらん すれはまさる敵をとりて勝へし両こうの石を おしまれは目一のうへのこうつきすましけれは なり刑部房云両こうはさる事にて候へともそ れをはたのみて目一の石いくましきをせめてく へと候いはれなき事也とたかひにあらそひて
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/324
ことゆきかたきによりて懸物をさためてあらかひ に成にけり当世囲碁の上手ともにことはら せける先備中法眼俊快にとひたりけれは両 こうにかせう一とはこれか事なり法深房の理な りとさためつ次珍覚僧都にとふに又法深房 の理なりとさたむ次如仏にことはらするに判云 目一ありといへとも両こうのあらんには死石にあら すといへり自筆に勘て判形くわへてゆく りたりけりこのうへは又判者なけれは法深房 の勝になりてけり刑部房懸物わきまへ 風炉たきなとしてききめきたりけり抑しはすの/s325r
廿九日さしものまきれの中に囲碁をうつたに打 まかせては心つきなかりぬへきに所々人つかひをはし ちかして判せさせけること罪ゆるさるる程の数奇 にて侍れ俊快法眼は感歎入興しけるとそ/s325l