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text:chomonju:s_chomonju396

古今著聞集 画図第十六

396 同じ僧正のもとに絵描く侍法師ありけり・・・

校訂本文

同じ僧正1)のもとに、絵描く侍法師ありけり。あまりに好き習ひければ、後ざまには僧正の筆をも恥ぢざりけり。

このことを、僧正ねたましくや思はれけん、「いかにもして失(しつ)を見出ださん」と思ひ給ふところに、ある時、件(くだん)の僧、人のいさかひして腰刀にて突き合ひたるを書きて、自愛してゐたりけるを、僧正見給ふに、その突きたる刀、背中へ拳ながら出でたりけり。よき失と思ひて、のたまひけるは、「わ僧が絵書き、長くとどむべし。いかなるものか、人を突に拳2)ながら背へ出づることあるべき。柄口(つかくち)まで突きたるなどをこそ、いかめしきことにはいふを、これはあるべくもなきことなり。かくほどの心ばせにては、絵描くべからず」と言はれければ、この僧、かいかしこまりて、「そのことに候ふ。これは故実に候ふなり」と言ふを、僧正、言はせも果てず、「わ法師が絵の故実、片腹いたし」と言はれけるを、少しもこととせず、「さも候はず。古き上手どもの描きて候ふ偃息図(おそくづ)の絵などを御覧も候へ。その物の寸法は分に過ぎて大きに書きて候ふこと、いかでかまことにはさは候ふべき。ありのままの寸法に描きて候はば、見所なきものに候ふところに、絵そらごととは申すことにて候ふ。君のあそばされて候ふものの中にも、かかることは多くこそ候ふらめ」と、へりもおかず言ひければ、僧正、理に折れて言ふことなかりけり。

翻刻

同僧正の許に絵かく侍法師ありけりあまりに好なら
ひけれは後さまには僧正の筆をも恥さりけり此事/s299r
を僧正ねたましくやおもはれけんいかにもして失を
見出さんとおもひ給処に或時件僧人のいさかひして
腰刀にて突合たるを書て自愛してゐたりける
を僧正み給に其つきたる刀せなかへこふしなから
出たりけりよき失と思てのたまひけるはわ僧か
絵書なかくととむへしいかなる物か人を突に奉なから
背へいつる事あるへきつかくちまてつきたるなと
をこそいかめしき事にはいふをこれはあるへくもなき
事也かく程の心はせにては絵かくへからすといはれけ
れは此僧かい畏て其事に候これは故実に候なり
といふを僧正いはせもはてすわ法師か絵の故実/s299l

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/299

片腹いたしといはれけるをすこしも事とせすさも
候はすふるき上手とものかきて候おそくつの絵なと
を御覧も候へその物の寸法は分に過て大に書て候
事いかてか実にはさは候へきありのままの寸法に
かきて候はは見所なき物に候処に絵そらこととは申
事にて候君のあそはされて候物の中にもかかる事
はおほくこそ候らめとへりもをかすいひけれは僧正
理におれていふ事なかりけり/s300r

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/300

1)
鳥羽僧正覚猷。395参照。
2)
「拳」は底本「奉」。諸本により訂正。
text/chomonju/s_chomonju396.txt · 最終更新: 2020/05/18 23:24 by Satoshi Nakagawa