text:chomonju:s_chomonju379
古今著聞集 相撲強力第十五
379 中納言伊実卿相撲競馬なとを好みて学問なんどをばせられざりけるを・・・
校訂本文
中納言伊実卿1)、相撲・競馬なとを好みて、学問なんどをばせられざりけるを、父の大臣(おとど)伊通公2)、常に勘発(かんぼつ)し給ひけれども、なほしひられざりけり。
その時、相撲なにがしとかやいふ上手ありけり。敵の腹へ頭を入れて、必ずくじりまろばしければ、これによりて「腹くじり」とぞいひける。件(くだん)の相撲をしのびやかに召し寄せて、「この中納言が相撲好むが憎きに、くじりまろばかせ。さらば纏頭(てんとう)すべし。しからずは、なくなさんずるぞ」と仰せ含められにけり。
すなはち、中納言に、「なんぢが相撲好むに、この腹くじりと番(つが)ひて、勝負を決すべし。勝ちたらば、われ制止することあるべからず。負けたらむにおきては、長くこのこと停止(ちやうじ)すべし」とのたまひければ、中納言、恐れをなして、かしこまりておはしけり。
さるほどに、腹くじり召し出だされて、やがて決せられける3)ほどに、中納言は腹くじりか好むままに身をまかせられければ、悦びてくじり入りてけり。その後、中納言、腹くじりが四辻(よつつじ)を取りて、前へ強く引かれたりければ、頭も折れぬばかり覚えて、やかてうつ伏しに倒(たふ)れにけり。
大臣(おとど)興醒め給ふ。腹くじりは逐電(ちくでん)しにけり。その後、中納言の相撲制止の沙汰なかりけり。
翻刻
中納言伊実卿相撲競馬なとをこのみて学問 なんとをはせられさりけるを父のおとと伊通公つね に勘発し給けれともなをしひられさりけり其 時相撲なにかしとかやいふ上手ありけり敵の腹へ頭 を入てかならすくしりまろはしけれはこれにより て腹くしりとそいひける件の相撲をしのひやか にめしよせて此中納言か相撲このむかにくき にくしりまろはかせさらは纏頭すへししからすは なくなさんするそと仰含られにけり則中納言 に汝か相撲好に此腹くしりとつかひて勝負を 決すへし勝たらはわれ制止する事あるへから/s277l
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/277
す負たらむにおきてはなかく此事停止すへしと のたまひけれは中納言恐をなして畏ておは しけりさる程に腹くしりめし出されてやかて決 すられけるほとに中納言は腹くしりか好まま に身をまかせられけれは悦てくしり入てけり 其後中納言はらくしりか四辻をとりて前へ つよくひかれたりけれは頭もおれぬはかりおほ えてやかてうつふしにたふれにけりおとと興 醒給腹くしりは逐電しにけり其後中納言 の相撲制止の沙汰なかりけり/s278r
text/chomonju/s_chomonju379.txt · 最終更新: 2020/05/10 16:33 by Satoshi Nakagawa