text:chomonju:s_chomonju339
古今著聞集 武勇第十二
339 同じ朝臣若ざかりにある法師の妻を密会しけり・・・
校訂本文
同じ朝臣1)、若ざかりに、ある法師の妻を密会2)しけり。件(くだん)の女の家、二条猪隈の辺なりけり。築地に桟敷を造りかけて、桟敷の前に堀(ほり)掘りて、その端(はた)に棘(おどろ)などを植ゑたりけり。すこぶる武勇だつる法師なりければ、用心などしける所なり。
法師のたがひたる隙(ひま)をうかがひて、夜更けて、かの堀の端へ車を寄せければ、女、桟敷の蔀(しとみ)を上げて、簾(すだれ)を持ち上げける3)。その時、鴟(とび)の尾より越え入りにけり。堀の広さもまうなりけるに、上ざまに飛び入りけん早態(はやわざ)のほど、凡夫の所為(しよゐ)にあらず。
このこと、たび重なりにければ、法師聞きつけて、妻をさいなみせためて問ひければ、ありのままに言ひてけり。「さらば、例のやうに、われなきよしを言ひて、件の男を入れよ」と言ひければ、逃れかたなくて、言ふままにことうけしぬ4)。
「桟敷を上げて、例のやうに入らむ所を切らむ」と思ひて、この法師、その道に囲碁盤の厚きを、楯のやうに立てて、「それにけつまづかせん」とかまへて、太刀を抜きて待つ所に、案のごとく車を寄せければ、女、例の定にしけるに、鴟の方より飛び入りざまに、鳥の飛ぶがごとくなり。小さき太刀をひきそばめて持ちたりけるを抜きて、飛びざまに碁盤のすみを五・六寸ばかりをかけて、とどこほりなく切りて入りにけり。法師、「ただ人にあらず」と思ひて、いかにすべしともなく恐ろしく覚えければ、はうはう崩れ落ちて逃げにけり。
くはしく尋ね聞けば、八幡太郎義家なりけり。いよいよ臆することかぎりなかりけり。
翻刻
同じ朝臣若さかりに或法師の妻を蜜会しけり 件の女の家二条猪隈辺なりけり築地に桟敷 を造かけて桟敷の前に堀ほりてそのはたにおとろ なとをうへたりけり頗武勇たつる法師也けれ は用心なとしける所なり法師のたかひたる隙 をうかかひて夜ふけて彼堀のはたへ車を寄け れは女桟敷のしとみをあけて簾をもちあははる/s249r
其時とひの尾より越入にけり堀のひろさもまう なりけるにうへさまに飛入けんはや態の程凡 夫の所為にあらす此事たひかさなりにけれは 法師聞つけて妻をさいなみせためて問けれはあり のままにいひてけりさらはれいのやうに我なき由 をいひて件の男を入よといひけれはのかれかたな くていふままにことうけしらぬ桟敷をあけてれい のやうに入らむ所をきらむと思て此法師その 道に囲碁盤のあつきを楯のやうにたてて それにけつまつかせんとかまへて太刀をぬきて 待所に案のことく車を寄けれは女れいの定/s249l
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/249
にしけるにとひの方より飛入さまに鳥の飛 かことくなりちいさき太刀をひきそはめて持たりける をぬきて飛さまに碁盤のすみを五六寸斗を かけてととこほりなく切て入にけり法師たた 人にあらすと思ひていかにすへしともなく おそろしく覚けれははうはうくつれ落てに けにけりくはしく尋きけは八幡太郎義家なり けりいよいよ臆する事かきりなかりけり/s250r
text/chomonju/s_chomonju339.txt · 最終更新: 2020/04/26 18:38 by Satoshi Nakagawa