古今著聞集 管絃歌舞第七
282 久安三年九月十二日法皇天王寺へ御幸ありけり・・・
校訂本文
久安三年九月十二日、法皇1)、天王寺2)へ御幸ありけり。内大臣3)、御供に候はせ給ひけり。
十三日、念仏堂にて管絃ありけり。歌ならびに笛資賢4)・笙内大臣・篳篥(ひちりき)俊盛朝臣5)、ただし不堪(ふかん)のよしを申して吹かざりけり。琵琶信西6)・箏六波羅別当覚暹。
法皇、笛を吹かせおはしますとて、「沙門の身にて、このことあざけりあるべし」とて、障子に居隠れさせおはしましけり。御出家の後、このたび初めて吹かせおはしましけり。
まづ双調(さうでう)、鳥破(とりのは)、同じく急・賀殿(かてん)の急・安名尊(あなたふと)・妹与我(いもとあれ)。次に平調(へうでう)、万歳楽(まんざいらく)・慶雲楽(きやううんらく)・三台(さんだい)の破、同じく急・五常楽(ごじやうらく)、同じく急・扶南(ふなむ)7)・老君子(らうくじ)・廻忽(くわいこつ)・甘州(かむしう)・陪臚(ばいろ)・伊勢海(いせのうみ)・我門(わがもん)・更衣(ころもがへ)・浅水橋(あさむづのはし)・鴛鳧(をし)。盤渉調(ばんしきてう)、秋風楽、初一帖、後二三帖・鳥向楽(てうかうらく)・万秋楽(まんじうらく)、一帖・蘇合(そがふ)、三五帖の急・採桑老(さいしやうらう)8)・蘇莫者(そまくしや)の破・青海波(せいがいは)・竹林楽(ちくりんがく)、二三帖・拍柱(はくちゆう)・千秋楽(せんしうらく)、このほか9)なほ催馬楽(さいばら)ありけるとかや。
朗詠・今様・風俗など数反ありけり。資賢朝臣ぞつかうまつりける。朗詠は法皇御発言ありけるとぞ。その後俊盛朝臣10)、読経つかまつりけり。人々、興に乗りて、覚暹・信西、揚真操(やうしんさう)弾じけり。
法皇の仰せに、「資賢は催馬楽の道の長者なり」と叡感ありけるは、このたびのことなり。いかに面目に思ひけむ。
翻刻
久安三年九月十二日法皇天王寺へ御幸ありけり内大 臣御共に候はせ給けり十三日念仏堂にて管絃あり けり哥并笛資賢笙内大臣篳篥俊盛朝臣但不堪のよ しを申て吹さりけり琵琶信西箏六波羅別当覚暹/s190r
法皇笛をふかせおはしますとて沙門の身にて此事あさ けりあるへしとて障子に居かくれさせおはしましけり御出 家の後このたひはしめてふかせおはしましけり先双調 鳥破同急賀殿急安名尊妹与我次平調万歳楽慶 雲楽三臺破同急五常楽同急捙南老君子廻忽甘 州陪臚伊勢海我門更衣浅水橋鴛鳧盤渉調 秋風楽(初一帖/後二三帖)鳥向楽万秋楽(一帖)蘇合(三五帖)急採老蘇 莫者破青海波竹林楽(二三帖)拍柱千秋楽この猶催馬楽 ありけるとかや朗詠今様風俗なと数反ありけり資賢朝 臣そつかうまつりける朗詠は法皇御発言ありけるとそ 其後盛朝臣読経つかまつりけり人々興に乗て/s190l
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/190
覚暹信西揚真操弾けり法皇の仰に資賢は催馬楽 の道長者なりと叡感ありけるはこのたひの事也いかに面 目に思ひけむ/s191r