text:chomonju:s_chomonju257
古今著聞集 管絃歌舞第七
257 前の所の衆延章は名誉の者なり・・・
校訂本文
前の所の衆延章は名誉の者なり。白河院1)の御時、六条内裏に行幸ありけるに、朱雀大納言(俊明)2)、延章をしきりに挙げ申されければ、始めて召されにけり。
勅定によりて右の太鼓をつかうまつりけるに、皇仁(わうにむ)に拍子を誤ちにけり。笛は正清3)・元正4)なりけり。元正が吹くところの皇仁、年ごろ聞くに、延章が説にたがはざりければ、その旨を存ずる所に、このたび異説を吹きたりけるに、度を失なひ拍子を誤りにけり。
延章、楽屋に入りて、元正を恨みて言ひける、「年ごろ貴説を承るに、愚説にたがはず。それに、このたびは異説を吹き給ひて、拍子を落さしむること、生きながら首を切らるるなり」と言ひければ、元正いはく、「またくあやまたざることなり。申さるるがごとく、伝ふる所、まことに変はらず。されども、面笛(おもぶえ)正清なり。その休息のほど、笛を元正にゆづる。吹出(ふきだし)にはかの人の説を吹かずして、あに他説を用ゐんや。太鼓の撥(ばち)を取らるるばかりにては、何説をも確かにこそは存知し給はめ」とぞ言ひける。なだらかにめでたくぞ侍りける。
これ笛吹を背きて、われかしこにもてなすがいたす所なり。太鼓の撥を取る日は、笛吹とよく言ひ合はせて存知すべきことなり。これ古人の伝ふる所なり。
翻刻
前所衆延章は名誉の者也白川院御時六条内裏に行 幸ありけるに朱雀大納言(俊明)延章を頻に挙申されけれ/s171l
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/171
ははしめてめされにけり勅定によりて右大鼓をつかうまつ りけるに皇仁に拍子をあやまちにけり笛は正清元正 なりけり元正か吹ところの皇仁年比きくに延章か 説にたかはさりけれは其旨を存する所に今度異説を 吹たりけるに失度拍子をあやまりにけり延章 楽屋に入て元正をうらみていひける年比貴説をうけ たまはるに愚説にたかはすそれに此たひは異説を吹給て 拍子をおとさしむる事いきなからくひをきらるる也といひけ れは元正云くまたくあやまたさる事なり申さるるかこ とくつたふる所まことにかはらすされとも面笛正清 なりその休息の程笛を元正にゆつる吹出には彼人の説/s172r
をふかすして豈他説をもちゐんや大鼓の撥をとらるる はかりにては何説をもたしかにこそは存知し給はめとそ いひけるなたらかに目出そ侍けるこれ笛吹を背てわれか しこにもてなすかいたす所なり大鼓の撥をとる日は笛 吹とよくいひあはせて存知すへき事也これ古人の伝る ところなり/s172l
text/chomonju/s_chomonju257.txt · 最終更新: 2020/04/01 15:27 by Satoshi Nakagawa