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text:chomonju:s_chomonju217

古今著聞集 和歌第六

217 土御門院初めて百首を詠ませおはしまして・・・

校訂本文

土御門院1)、初めて百首を詠ませおはしまして、宮内卿家隆朝臣2)のもとへ見せにつかはされたりけるが、あまりにめでたく不思議に覚えければ、御製のよしをば言はで、何となき人の詠のやうにもてなして、定家朝臣3)のもとへ点を乞ひにやりたりければ、合点して褒美の詞(ことば)など書き付け侍るとて、懐旧の御歌を見侍りけるに、

  秋の色を送り迎へて雲の上になれにし月ももの忘れすな

この歌に、はじめて御製のよしを知りて、驚き恐れて、裏書(うらがき)にさまざまの述懐の詞ども書き付けて、詠み侍りける。

  飽かざりし月もさこそは思ふらめ古き涙も忘られぬ世に

まことにかの御製は、及ばぬ者の目にも、たぐひ少なくめでたくこそ覚え侍れ。管絃のよくしみぬるときは、心なき草木のなびける色までも、かれにしたがひて見え侍るなるやうに、何事も世にすぐれたることには、見知り聞き知らぬ道のことも、耳に立ち心にそむは習ひなり。

当院4)の御製も昔に恥ぢぬ御事にや。そのゆゑは、そのかみ、御傅(めのと)の大納言5)のもとにわたらせおはしましけるころ、初めて百首を詠ませおはしましたりけるを、大納言、感悦のあまりに密々に壬生二品6)のもとへ見せにつかはしたけり。

二品、御百首のはし、春のほどばかりを見て、見も果てられず、前に置きて、はらはらと泣かれけり。やや久しくありて、涙をのごひて言はれけるは、「あはれに不思議なる御ことかな。故院7)の御歌に少しも違(たが)はせ給はぬ」とて、不思議の御ことに申されけり。

その時は、いまだむげに幼くわたらせ給ひける御ことなり。まして、当時の御製、さこそめでたき御ことにて侍らめ。「かの卿、いまだ存ぜられたらましかば、いかに色をもそへてめでたがり申されまし」と、あはれに覚え侍り。

翻刻

土御門院はしめて百首をよませおはしまして宮内卿家隆朝臣の
もとへみせにつかはされたりけるかあまりに目出く不思議におほ
えけれは御製のよしをはいはてなにとなき人の詠のやうに
もてなして定家朝臣のもとへ点をこひにやりたりけれは合点
して褒美の詞なと書付侍とて懐旧の御哥をみ侍けるに
 秋の色をおくりむかへて雲のうへになれにし月も物わすれすな
此哥にはしめて御製のよしをしりておとろきおそれて裏書
にさまさまの述懐の詞ともかきつけてよみ侍ける/s153r
 あかさりし月もさこそは思ふらめふるき涙もわすられぬ世に
誠にかの御製はをよはぬものの目にもたくひすくなくめてたく
こそ覚侍れ管絃のよくしみぬるときは心なき草木のなひ
ける色まてもかれにしたかひてみえ侍なるやうに何事も世に
すくれたる事にはみしりききしらぬ道のことも耳にたち
心にそむはならひ也当院の御製も昔にはちぬ御事にや其ゆへはそのかみ
御めのとの大納言のもとにわたらせおはしましける比はしめて百首
をよませおはしましたりけるを大納言感悦のあまりに密々に
壬生二品のもとへみせにつかはしたけり二品御百首のはし春の
程はかりをみて見もはてられす前にをきてはらはらとなかれけりやや
ひさしくありて涙をのこひていはれけるはあはれに不思議なる/s153l

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/153

御事哉故院の御哥にすこしもたかはせ給はぬとてふしきの御
ことに申されけり其時はいまたむけにおさなくわたらせ給け
る御事也まして当時の御製さこそめてたき御ことにて侍
らめ彼卿いまた存せられたらましかはいかに色をもそへて目
出かり申されましと哀に覚侍り/s154r

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/154

1) , 7)
土御門天皇
2) , 6)
藤原家隆
3)
藤原定家
4)
後嵯峨天皇
5)
源通方・中院通方
text/chomonju/s_chomonju217.txt · 最終更新: 2020/03/19 14:23 by Satoshi Nakagawa