text:chomonju:s_chomonju197
古今著聞集 和歌第六
197 三河守定基心ざし深かりける女のはかなくなりにければ・・・
校訂本文
三河守定基1)、心ざし深かりける女の、はかなくなりにければ、世を憂きものに思ひ入れたりけるに、五月の雨晴れやらぬころ、ことよろしき女の、いたうやつれたりけるが、鏡を売りて着たれるを取りて見るに、その鏡の包み紙2)に書ける、
今日のみと見るに涙のます鏡慣れにし影を人に語るな
これを見るに、涙とどまらず。鏡をば返し取らせて、さまざまにあはれみけり。道心もいよいよ思ひ定めけるは、このこと3)によれり。
出家の後、寂照上人とて入唐しける。かしこにては円通大師とぞいはれける。清涼山の麓(ふもと)にて、つひに往生の素懐を遂げられけり。
翻刻
参河守定基心さしふかかりける女のはかなく成にけれは世を うき物に思入たりけるに五月の雨はれやらぬ比ことよろしき 女のいたふやつれたりけるか鏡をうりてきたれるをとりて みるにそのかかみのつつかみにかける けふのみとみるに涙のます鏡なれにしかけを人にかたるな これを見るに涙ととまらすかかみをは返しとらせてさまさま にあはれみけり道心もいよいよ思さためけるは此返事によ れり出家の後寂照上人とて入唐しけるかしこにては円通 大師とそいはれける清涼山のふもとにてつゐに往生の素 懐をとけられけり/s142r
text/chomonju/s_chomonju197.txt · 最終更新: 2020/03/14 16:30 by Satoshi Nakagawa