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text:chomonju:s_chomonju139

古今著聞集 文学第五

139 橘正通が身の沈めることを恨みて異国へ思ひ立ちける境節・・・

校訂本文

橘正通が身の沈めることを恨みて、異国へ思ひ立ちける境節、具平親王家の作文の序者たりけるに、「これを限り1)」とや思ひけん、

 齢亜顔駟 齢は顔駟に亜(つ)ぐ

 過三代而猶沈 三代を過ぎてなほ沈めり

 恨同伯鸞 恨みは伯鸞に同じくして

 歌五噫而欲去 五噫を歌ひて去らんと欲す

とぞ書けりける2)

源為憲、その座に候ひけるが、この句をあやしみて、「正通、思ふ心ありて、つかうまつれるにや」と申しければ、さすが心細くや思ひけん、涙を流しけり。さて、まかり出づるままに、高麗へぞ行きにける。

世を思ひ切らんには、かくこそ心清からめと、いみじくあはれなり。「かしこにて宰相になされにけり」とぞ、後に聞こえける。

翻刻

橘正通か身のしつめる事を恨て異国へ思たちける境節
具平親王家の作文序者たりけるにこれを恨とや思けん/s103l

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/103

 齢亜顔駟過三代而猶沈恨同伯鸞哥五噫而欲去
とそはけりける源為憲其座に候けるか此句をあやしみ
て正通おもふ心ありてつかうまつれるにやと申けれはさすか
心ほそくや思けん涙をなかしけりさてまかりいつるままに
高麗へそゆきにける世を思きらんにはかくこそ心き
よからめといみしくあはれなりかしこにて宰相になさ
れにけりとそ後にきこえける/s104r

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/104

1)
底本「恨」。『十訓抄』9-6により訂正。
2)
「書けりける」は底本「はけりける」。諸本により訂正。
text/chomonju/s_chomonju139.txt · 最終更新: 2020/02/20 18:20 by Satoshi Nakagawa