text:chomonju:s_chomonju137
古今著聞集 文学第五
137 菅丞相昌泰三年九月十日の宴に正三位の右大臣の大将にて・・・
校訂本文
菅丞相1)、昌泰三年 九月十日2)の宴に、正三位の右大臣の大将にて、内に候はせ給ひけるに、
君富春秋臣漸老 君は春秋に富み臣は漸く老いたり
恩無涯岸報猶遅 恩は涯岸無く報ゆるになほ遅し
と作らせ給ひければ、叡感(えいかん)のあまりに、御衣(おんぞ)を脱ぎてかづけさせ給ひしを、同じき四年正月に、本院の大臣(おとど)3)の奏事不実によりて、なはかに大宰権帥に移され給ひしかば、いかばかり世も恨めしく、御憤りも深かりけめども、なほ君臣の礼は忘れがたく、魚水の節も忍びえずや思えさせ給ひけん、都の形見とて、かの御衣を御身にそへられたりけり。
さて、次の年の同じ日、かくぞ詠ぜさせ給ひける。
去年今夜侍清涼 去年の今夜清涼に侍す
秋思詩篇独断腸 秋思の詩篇独り腸を断つ
恩賜御衣今在此4) 恩賜の御衣今此(ここ)に在り
棒持毎日拝余香 棒持して毎日余香を拝す
翻刻
菅丞相昌泰三年九月十日宴に正三位の右大臣 の大将にて内に候はせ給けるに 君冨春秋臣漸老 恩無涯岸報猶遅 とつくらせ給けれはゑいかんのあまりに御衣をぬきて かつけさせ給しを同四年正月に本院のおととの 奏事不実によりて俄に大宰権帥にうつされ 給しかはいかはかり世もうらめしく御いきとをりもふ かかりけめともなを君臣の礼はわすれかたく魚水 の節もしのひえすやおほえさせ給けんみやこのかたみ/s103r
とて彼御衣を御身にそへられたりけりさてつきの年 の同日かくそ詠せさせ給ける 去年今夜侍清涼 秋思詩篇独断腸 恩賜御衣今在比 棒持毎日拝餘香/s103l
text/chomonju/s_chomonju137.txt · 最終更新: 2020/02/19 21:59 by Satoshi Nakagawa