text:chomonju:s_chomonju118
古今著聞集 文学第五
118 大内記慶滋保胤六条宮に参じて下問の時こと時輩の文章に及びけるに・・・
校訂本文
大内記慶滋保胤、六条宮1)に参じて下問の時、事(こと)、時輩の文章に及びけるに、親王命じていはく、「匡衡2)は如何(いかん)」。答へていはく、「敢3)死之士数百騎、被介冑策驊騮、似過淡津之浜。其鋒森然少敢当者。(敢死の士数百騎、介冑を被り驊騮に策(むちうち)ちて、淡津の浜を過ぐるに似たり。その鋒森然として敢へて当る者少なし。)」。
また命じていはく、「斉名4)は如何」。答へていはく、「瑞雪之朝、瑶台之上、似弾箏柱。(瑞雪の朝、瑶台の上、箏柱を弾ずるに似たり。)」。
また命じていはく、「以言5)は如何」。答へていはく、「白砂庭前、翠松陰下、如奏陵王。(白砂の庭の前、翠松の陰の下、陵王を奏するが如し。)」。
また命じていはく、「足下6)は如何」。答へていはく、「旧上達部駕毛車、時々似有隠声。(旧上達部の毛車に駕し、時々隠声有るに似たり。)」と申しける。いと興あることなり。
おほかた、「自漢至魏、文体三改」とぞ『文選』には侍るなれ。白楽天7)の作をば、東坡先生8)はかたぶけけるとかや。されば、和漢の風情、時にしたがひて改まるやうに侍れども、かの保胤が詞(ことば)、古今序9)のごとくは、さまざまなる体、いづれも捨つまじきにこそ侍れ。
一遇10)を守りて善悪を定めんことは、口惜しかるべきことなり。諸道同じことなるべきにや。
翻刻
大内記慶滋保胤六条宮に参して下問の時事時輩 の文章にをよひけるに親王命云匡衡如何答曰取(敢カンイ)死 之士数百騎被介冑策驊騮似過淡津之浜其鋒 森然少敢当者又命云斉名如何答曰瑞雪之朝瑶 臺之上似弾箏柱又命曰以言如何答曰白砂庭前 翠松陰下如奏陵王又命曰足下如何答曰旧上達 部駕毛車時々似有隠声と申けるいと興ある事 也おほかた自漢至魏文体三改とそ文選には侍なれ 白楽天の作をは東坡先生はかたふけけるとかやされは/s92r
和漢風情時にしたかひてあらたまるやうに侍とも彼保胤 か詞古今序のことくはさまさまなる体いつれもすつましきに こそ侍れ一愚(隅イ)をまもりて善悪をさためん事は口惜 かるへき事也諸道同し事なるへきにや/s92l
text/chomonju/s_chomonju118.txt · 最終更新: 2020/02/08 22:13 by Satoshi Nakagawa