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text:chomonju:s_chomonju086

古今著聞集 政道忠臣第三

86 治承四年六月二日福原に都遷りありけるに・・・

校訂本文

治承四年六月二日、福原に都遷(みやこうつ)りありけるに、同じき十三日、帥の大納言隆季卿1)、新都にて夢に見侍りけるは、大なる屋のすきたる内に、われ居たり。廂(ひさし)の方に女房あり。築垣(ついがき)の外(と)に、しきりに泣く声あり。怪しみて問ふに、女房の言ふやう、「これこそ都遷りよ。大神宮2)のうけさせたまはぬことにて候ふぞ」と言ひけり。すなはちおどろき、また寝(ね)たりける夢に、同じやうに見てけり。恐れおののきて、次の日の朝、院に参じて、前大納言邦綱3)・別当時忠卿4)などに語りてけり。太政入道5)、伝へ聞かれけれども、いと承引なかりけり。

さるほどに、同じ人の夢に遷都あり。われと邦綱卿、長絹の狩衣にて、新院6)の御供に候ふ。頭の亮7)重衡朝臣8)、鎧(よろひ)を着て御供に候ふと見て覚めぬ。さりながら、一日の夢用ゐられねば、申出だされざりけり。

十一月二十六日、平京9)に還御ありけるは、かの夢にはよらざりけり。山僧の訴(うた)へ、また東国の乱などのゆゑとぞ聞こえ侍りける。

翻刻

治承四年六月二日福原にみやこ遷ありけるに同
十三日帥大納言隆季卿新都にて夢に見侍ける
は大なる屋のすきたるうちに我ゐたりひさしの
かたに女房ありついかきのとに頻になく声あり
あやしみてとふに女房のいふやうこれこそみやこう
つりよ大神宮のうけさせたまはぬ事にて候そと
いひけりすなはちおとろき又ねたりける夢に
おなしやうにみてけりをそれおののきて次日の朝院
に参して前大納言邦綱別当時忠卿なとにかたり
てけり太政入道つたへきかれけれともいと承引なかり/s78r
けりさる程に同人の夢に遷都あり我と邦綱卿
長絹のかり衣にて新院の御共に候頭毫重衡朝臣
よろひをきて御共に候と見てさめぬさりなから一日の
ゆめもちゐられねは申いたされさりけり十一月廿六日
平京に還御ありけるは彼夢にはよらさりけり山僧
のうたへ又東国の乱なとの故とそきこえ侍ける/s78l

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/78

1)
藤原隆季
2)
伊勢神宮。ここでは祭神の天照大神。
3)
藤原邦綱
4)
平時忠
5)
平清盛
6)
高倉天皇
7)
「亮」は底本「毫」。諸本により訂正。
8)
平重衡
9)
平安京
text/chomonju/s_chomonju086.txt · 最終更新: 2020/01/29 23:06 by Satoshi Nakagawa