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text:chomonju:s_chomonju068

古今著聞集 釈教第二

68 神祇権少副大中臣親守年ごろ大般若一筆書写の志ありけれども・・・

校訂本文

神祇権少副大中臣親守、年ごろ大般若1)一筆書写の志ありけれども、むなしくしてやみにけり。常のことぐさに、「この願を心にかけて、一日に二枚ばかりづつ書き奉るとも、十余年には果てなん。口惜しくも、思ひ立たぬかな」と言ひけるを、前権大副同長家2)聞きて、たちまちに智発して、この願を思ひ立ちて、つひに一筆書写の功を終へてけり。

供養の後、随喜のあまりに、親守がもとに行きて、言ひけるは、「このことは、もとわが思ひ寄りたるにもあらず。仰せられし旨を聞きて、おのづから発願して、大功を成したる、しかしながら御恩なり。かつはそのこと謝せんがために、ことさら詣で来たるなり」と言ひて、対面したるを見れば、小さき鬼三人、長家にしたがひてあり。そのたけ赤子ばかりなりけり。縁を上(のぼ)りける時は、二人庭にひざまづきて、かしこまりけり。やかて、二人したがひて、上に上(のぼ)りてあり。一人は下(しも)にあり。みな長家を守護するさまなり。

かやうのことは、夢などにこそ見ることもあれ、まさしくうつつに見たることは不思議のことなり。大般若書写によりて、十六善神の立ち添ひて加護し給ひけるにや。貴くめでたきことなり。

かの親守は、五部の大乗経自筆に書き奉りたる者なり。まさしく正直の者にて、長く虚言などせざりしものなり。「かかる不思議こそありしか」とて、親守語りしを、聞きて3)記し侍るなり。

翻刻

神祇権少副大中臣親守年来大般若一筆書写の
志ありけれともむなしくしてやみにけり常のことくさに
此願を心にかけて一日に二枚はかりつつ書たてまつるとも
十餘年にははてなん口惜くも思たたぬかなといひけるを
前権大副同長家ききて忽に智発して此願を思立
て終に一筆書写の功をおへてけり供養の後随喜
のあまりに親守かもとに行ていひけるは此事はもと
我思よりたるにもあらす仰られし旨をききておのつから/s64r
発願して大功を成したるしかしなから御恩也かつは其
事謝せんか為にことさらまうてきたるなりといひて対面
したるをみれはちいさき鬼三人長家にしたかひてありその
たけあかこはかりなりけり縁をのほりける時は二人庭
にひさまつきてかしこまりけりやかて二人したかひてうへ
にのほりてあり一人はしもにありみな長家を守護するさ
まなりかやうの事は夢なとにこそみる事もあれまさしく
うつつにみたる事は不思議の事也大般若書写によりて
十六善神の立そひて加護し給けるにやたうとく目出
き事也彼親守は五部大乗経自筆に書たてまつり
たるものなりまさしく正直のものにてなかく虚云なとせ/s64l

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/64

さりしもの也かかる不思議こそありしかとて親守かた
りしをささてしるし侍なり/s65r

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/65

1)
大般若経
2)
大中臣長家
3)
「聞きて」は底本「さゝて」。諸本により訂正。
text/chomonju/s_chomonju068.txt · 最終更新: 2020/01/27 13:06 by Satoshi Nakagawa