text:chomonju:s_chomonju058
古今著聞集 釈教第二
58 永万元年六月八日寅時蓮華王院の兵士が夢に・・・
校訂本文
永万元年六月八日寅時、蓮華王院の兵士が夢に、後戸(うしろど)の坤(ひつじさる)の角より北へ第四の間に、もつてのほかに黒き山ありけり。麓(ふもと)に承仕(しようじ)ありけるが、件(くだん)の山の嶺より、やんごとなき老僧出で来ていはく、「そもそもこの水をば何の料に掘るぞ」と侍りければ、件の承仕答へていはく、「もとより掘りはじめて候ふ水を掘りとどめさせ給ひて、制止給ふべきやう候はず」。またかの僧いはく、「申すところ、もつとも言はれたり。水の末をば流さんずるぞ」とて、細き谷川を掘り流しければ、水極めて細く1)落ちけるを、「この水は細く見ゆれども、八功徳水(はつくどくすい)・甘露利益(かんろりやく)・含識方便水(がんしきはうべんすい)にてあらんずるぞ。よくよく精進して汲むべきなり」と言ふと見て、夢覚めにけり。
さるほどに、件の後戸の砌(みぎり)の下に、うつつに水あり。貴賤汲みけれども、尽きざりけり。また、汲まぬ時も余らざりけり。不思議なりけることなり。
当時、その水見えず。いつごろより失せにけるにか、おぼつかなし。
翻刻
永万元年六月八日寅時蓮華王院の兵士か夢に後 戸の坤の角より北へ第四の間に以外黒山ありけり ふもとに承仕ありけるが件山の嶺よりやんことなき老 僧出来て云抑此水をは何の料に堀そと侍りけれは件 承仕答て云もとより堀はしめて候水を堀ととめさせ給ひて制 止給へきやう候はす又彼僧云申ところ尤いはれたり水の すゑをは流さんするそとて細き谷川をほりなかしけれ は水きはめてほて落けるを此水は細くみゆれとも 八功徳水甘露利益含識方便水にてあらんするそ よくよく精進して汲へきなりと云とみて夢さめにけり さる程に件の後戸の砌の下にうつつに水あり貴賤/s55l
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/55
くみけれとも尽さりけり又くまぬ時もあまらさりけり 不思議なりける事也当時其水見えすいつ比よりうせ にけるにかおほつかなし/s56r
1)
「細く」は底本「ほて」。諸本により訂正。
text/chomonju/s_chomonju058.txt · 最終更新: 2020/01/21 23:31 by Satoshi Nakagawa