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text:chomonju:s_chomonju057 [2020/01/21 22:10] – 作成 Satoshi Nakagawatext:chomonju:s_chomonju057 [2020/01/22 21:24] (現在) Satoshi Nakagawa
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 西行法師、大峰を通らんと思ふ志深かりけれども、入道の身にては常ならぬことなれば、思ひ煩ひて過ぎ侍りけるに、宗南坊僧都行宗、そのことを聞きて、「何か苦しからん。結縁のためには、さのみこそあれ」と言ひければ、悦びて思ひ立ちけり。「かやうに候ふ非人の、山伏の礼法正しうして通り候はんことは、すべてかなふべからず。ただ何事をも免じ給ふべきならば、御供つかまつらん」と言ひければ、宗南房、「そのことはみな存知し侍り。人によるべきことなり。疑ひあるべからず」と言ひければ、悦びて、すでに具して入りけり。 西行法師、大峰を通らんと思ふ志深かりけれども、入道の身にては常ならぬことなれば、思ひ煩ひて過ぎ侍りけるに、宗南坊僧都行宗、そのことを聞きて、「何か苦しからん。結縁のためには、さのみこそあれ」と言ひければ、悦びて思ひ立ちけり。「かやうに候ふ非人の、山伏の礼法正しうして通り候はんことは、すべてかなふべからず。ただ何事をも免じ給ふべきならば、御供つかまつらん」と言ひければ、宗南房、「そのことはみな存知し侍り。人によるべきことなり。疑ひあるべからず」と言ひければ、悦びて、すでに具して入りけり。
  
-宗南坊、さしもよく約束しつる旨(むね)をみな背きて、礼法を厳しくして、責めさいなみて、人よりもことに痛めければ、西行、涙を流して、「われは、もとより名聞を好まず、利養を思はず。ただ結縁のためにとこそ思ひつることを、かかる憍慢(けうまん)の職にて侍りけるを知らで、身を苦しめ心をくだくことこそ悔しけれ」とて、さめざめと泣きけるを、宗南坊聞きて、西行を呼びて言ひけるは、「上人、道心堅固にして、難行苦行し給ふことは、世もつて知れり。人もつて帰せり。そのやんごとなきにこそ、この峰をば許し奉れ。先達の命にしたがひて、身を苦しめて木をこり、水を汲み、あるいは((「あるいは」は底本「式は」。諸本により訂正。))勘発(かんほつ)の言葉を聞き、あるは杖木(ぢやうぼく)を蒙る、これすなはち地獄の苦をつぐのふなり。日食少しきにして飢ゑ忍びがたきは、餓鬼の悲しみを報ふなり。また重き荷をかけて、さかしき嶺を越え、深き谷を分くるは、畜生の報をい果たすなり。かくひねもすに夜もすがら身をしぼりて、暁懺法(せんぽふ)を読みて、罪障を消除するは、すでに三悪道の苦患を果たして、早く無垢無悩の宝土に移る心なり。上人、出離生死の思ひありといへども、この心をわきまへずして、みだりがはしく名聞利養の職なりと言へること、はなはだ愚かなり」と恥かしめければ、西行、掌(たなごころ)を合はせて、随喜の涙を流しけり。「まことに愚痴にして、この心を知らざりけり」とて、過(とが)を悔いて退きぬ。+宗南坊、さしもよく約束しつる旨(むね)をみな背きて、礼法を厳しくして、責めさいなみて、人よりもことに痛めければ、西行、涙を流して、「われは、もとより名聞を好まず、利養を思はず。ただ結縁のためにとこそ思ひつることを、かかる憍慢(けうまん)の職にて侍りけるを知らで、身を苦しめ心をくだくことこそ悔しけれ」とて、さめざめと泣きけるを、宗南坊聞きて、西行を呼びて言ひけるは、「上人、道心堅固にして、難行苦行し給ふことは、世もつて知れり。人もつて帰せり。そのやんごとなきにこそ、この峰をば許し奉れ。先達の命にしたがひて、身を苦しめて木をこり、水を汲み、あるいは勘発(かんほつ)の言葉を聞き、あるは杖木(ぢやうぼく)を蒙る、これすなはち地獄の苦をつぐのふなり。日食少しきにして飢ゑ忍びがたきは、餓鬼の悲しみを報ふなり。また重き荷をかけて、さかしき嶺を越え、深き谷を分くるは、畜生の報をい果たすなり。かくひねもすに夜もすがら身をしぼりて、暁懺法(せんぽふ)を読みて、罪障を消除するは、すでに三悪道の苦患を果たして、早く無垢無悩の宝土に移る心なり。上人、出離生死の思ひありといへども、この心をわきまへずして、みだりがはしく名聞利養の職なりと言へること、はなはだ愚かなり」と恥かしめければ、西行、掌(たなごころ)を合はせて、随喜の涙を流しけり。「まことに愚痴にして、この心を知らざりけり」とて、過(とが)を悔いて退きぬ。
  
 その後は、ことにおきてすくよかに、かひがひしくぞ振舞ひける。もとより身はしたたかなれば、人よりもことにぞ仕へける。この言葉を帰伏して、また後にも通りたりけるとぞ。大峰二度の行者なり。 その後は、ことにおきてすくよかに、かひがひしくぞ振舞ひける。もとより身はしたたかなれば、人よりもことにぞ仕へける。この言葉を帰伏して、また後にも通りたりけるとぞ。大峰二度の行者なり。
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   せり其やんことなきにこそ此峯をはゆるしたてま   せり其やんことなきにこそ此峯をはゆるしたてま
   つれ先達の命に随て身をくるしめて木をこり水を   つれ先達の命に随て身をくるしめて木をこり水を
-  くみは勘発の詞をきき或は杖木を蒙るこれ則+  くみは勘発の詞をきき或は杖木を蒙るこれ則
   地獄の苦をつくのふ也日食すこしきにしてうへ忍ひか   地獄の苦をつくのふ也日食すこしきにしてうへ忍ひか
   たきは餓鬼のかなしみをむくふ也又おもき荷をかけ   たきは餓鬼のかなしみをむくふ也又おもき荷をかけ
text/chomonju/s_chomonju057.txt · 最終更新: 2020/01/22 21:24 by Satoshi Nakagawa