古今著聞集 神祇第一
17 保延五年一日祈雨の奉幣ありけり・・・
校訂本文
保延五年一日、祈雨の奉幣ありけり。大宮大夫師頼卿、奉行せられけるに、大内記儒弁、障りありて参らざりければ、宣命を作るべき人なかりければ、上卿、忍びて宣命を作りて、少内記相永1)が作たるとぞ、号せられける。この宣命、必ず神感あるべきよし、自讃せられけるに、はたして三日、雨おびただしく降りたりけるとなん。
裏書にいはく(彼の宣命の詞)2)
天皇(すべら)が勅旨(みこと)らまと、掛畏(かけまくもかしこ)きその大神(おほんかみ)の広前(ひろまへ)に、恐(かしこ)み恐(かしこ)みも申し給(たま)はくと申す。今年(いまとし)の春、東作(とうさく)の比(ころ)に、雨沢(うたく)旬に順(したがひ)て、年穀(ねんこく)年有るべき由(よし)を祈り申さしめ給ひき。而しかれども、神明の霊鑑(れいかん)に依りて、稼穡(かしよく)の豊登(ほうとう)にて期し給ふに、項月(つきごろ)旱雲(かんうん)久しく凝つて、膏雨(かうう)灑(そそ)がずして、百穀漸く枯れ、万民業を苦しくすつべし。大神は日域(じちゐき)に跡を垂れたまへる、遂窟(すいくつ)の雨師、名を伝たまへる霊祠なり。しかればすなはち名山大沢(めいさんたいたく)より雲を興こし雨を致して、赤土潤沢(じゆんたく)の応(よう)を得、済疇収穫の功に誇らむことは大神の限りなき冥助に在るべしと、所念(おぼしめし)行きてなむ。故に是(これ)以て吉日良辰を択び定めて、官位姓名を使に差(さ)いて、礼紙3)の大幣(みてぐら)を捧持せしめて、黒毛の御馬一匹を牽副へて出し奉り賜ふ。掛畏(かけまくもかしこき)大神、この伏を平らけく安らけく聞こし食して、炎気忽ちに散じて嘉澍(かじゆ)旁(かたがた)降りて、田園滋茂(じも)して、人民豊稔(ほうねん)ならむ4)。天皇朝廷を宝位動くこと無く、常石(ときは)に堅石(かきは)に夜の守日(まもりび)の守りに、護(まも)り幸(さいは)ひ奉り給ひ、食国の天下をも無為無事に守り恤(めぐ)み給へと、恐(かしこ)み恐みも申し給はく申す。
保延五年五月一日 作者少内記文屋相永
翻刻
「裏書云」以下は漢字と万葉仮名による宣命書きになっている。送り仮名等に該当する小書の部分はカッコに入れた。底本には返り点・片仮名による読み仮名もあるが、HTMLによる表現の限界からここではすべて省略し、校訂本文に組み入れた。詳細は原典画像を参照。なお、このあたり、底本に錯簡があり修正してある。
保延五年一日祈雨奉幣ありけり大宮大夫師頼卿 奉行せられけるに大内記儒弁さはり有てまいらさりけれ は宣命を作へき人なかりけれは上卿忍て宣命をつくりて 少内記相永(スケナカ)か作たるとそ号せられける此宣命かならす 神感あるへきよし自讃せられけるにはたして三日雨 をひたたしくふりたりけるとなん 裏書云(彼宣命詞) 天皇(賀)勅旨(良麻止)掛畏(支)其大神(乃)広前(爾)、恐(美)恐(美毛) 申給(波久止)申(ス)今年之春東作之比(爾)雨沢順旬(天)年/s17r
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/17
穀有年(倍支)由(乎)令祈申給(比支)而(毛)神明(乃)霊鑑(爾)依(天) 稼穡(乃)豊登(天)期給(爾)項月旱雲久凝膏雨不灑 (天)百穀漸枯(礼)万民苦業(都部/之)大神(八)日域(爾)垂 跡(多末/倍留)遂窟雨師伝名(太末倍留)霊祠(奈利)然則名山大澤 (与/利)興雲(之)致雨(之天)赤土得潤澤之応済疇誇収穫 之功(牟古止波)大神之无限(支)冥助(爾)可在(之土)所念行(天/奈牟)故 是以吉日良辰(乎)擇定(天)官位姓名(乎)差使(天)礼 紙(代イ)(乃)大幣(乎)令捧持(天)黒毛(乃)御馬一匹(乎)牽副 (天)奉出賜(布)掛畏大神此伏(乎)平(久)安(久)聞食(天) 炎気忽散(天)嘉澍旁降(天)田園滋茂(之天)人民豊稔 (奈牟)天皇朝廷(乎)宝位無動(久)常石(爾)堅石(爾)夜/s18l
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/18
守日守(爾)護幸奉給(比)食国(乃)天下(乎毛)无為无 事(爾)守恤給(倍止)恐(美)恐(美毛)申給(波久)申 保延五年五月一日 作者少内記文屋相永/s19r