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古今著聞集 序

古今著聞集序

校訂本文

夫著聞集者、宇県亜相巧語1)之遺類、江家都督清談2)之餘波也。余3)、禀芳橘種胤、顧璅材之樗質而、琵琶者賢師之所伝也。儻弁六律六呂之調。図画者愚性之所好也。自養一日一時之心。於戯春鶯之囀花下、秋雁之叫月前、暗感幽曲之易和。風流之随地勢、品物之叶天為、悉憶彩筆之可写。繇茲或伴伶客、潜楽治世之雅音、或誂画工、略呈振古之勝概。蓋居多暇景以降、閑度徂年之故、拠勘此両端捜索其庶事。註緝為三十篇。編次二十巻。名曰古今著聞集。頗雖為狂簡、聊又兼実録。不敢窺漢家経史之中。有世風人俗之製矣。只今知日域古今之際、有街談巷説之諺焉。猶愧浅見寡聞之疎越。偏招博識宏達之盧胡。努不出蝸廬。謬比鴻宝。于時建長六年応鐘中旬。散木士橘南袁。憖課小童猥叙大較而已。

書き下し文

夫れ著聞集といふは、宇県の亜相の巧語の遺類、江家の都督が清談の余波なり。余、芳橘の種胤を禀けて、璅材(さざい)の樗質(ちよしつ)を顧みるに、琵琶は賢師の伝ふる所なり。たまたま六律六呂の調べを弁(わきま)ふ。図画(とが)は愚性の好む所なり。自(みづか)ら一日一時の心を養ふ。於戯(ああ)、春鶯の花の下に囀(さへづ)り、秋雁の月の前に叫ぶ、暗(そら)に幽曲の和し易きことを感ず。風流の地勢に随ひ、品物(ひんぶつ)の天為に叶ふ、悉く彩筆の写すべきを憶(おも)ふ。これによて或は伶客に伴ひて、潜(ひそか)に治世の雅音(がいん)を楽しみ、或は画工を誂へて、略(ほぼ)振古(しんこ)の勝概(しようがい)を呈す。蓋し居ること暇景多かつしより以降、閑(しづ)かに徂年に度(わた)るの故に、この両端を勘(かんが)ふるに拠(よ)つて、その庶事を捜(さぐ)り索(もと)む。註緝(ちゆうしふ)して三十篇と為す。編次二十巻。名づけて古今著聞集と曰ふ。

頗(すこぶ)る狂簡(きやうかん)たりといへども、聊(いささ)か又実録を兼ぬ。敢へて漢家経史の中を窺はず、世風人俗の製有り。只今、日域古今の際を知り、街談巷説の諺(ことわざ)有り。なほ浅見寡聞の疎越(そえつ)を愧ず。偏に博識宏達(はくしよくくわうだつ)の盧胡(ろこ)を招く。ゆめゆめ蝸廬を出さざれ。謬つて鴻宝に比す。

時に建長六年応鐘中旬。散木の士橘南袁。憖(ほしい)ままに小童に課(おほ)せて猥(みだり)がはしく大較(たいかう)を叙(の)ぶるのみ。

翻刻

底本には返り点とカタカナによる送り仮名・読み仮名があるが、すべて省略し書き下し文に反映した。

古今著聞集序
夫著聞集者宇県亜相巧語之遺類江家都督
清談之餘波也余禀芳橘之種胤顧璅材之樗
質而琵琶者賢師之所伝也儻弁六律六呂
之調図画者愚性之所好也自養一日一時之
心於戯春鶯之囀花下秋雁之叫月前暗感
幽曲之易和風流之随地勢品物之叶天為悉
憶彩筆之可写繇茲或伴伶客潜楽治世之雅
音或誂画工略呈振古之勝概蓋居多暇景
以降閑度徂年之故拠勘此両端捜索其庶事
註緝為三十篇編次二十巻名曰古今著聞/s6l

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/6

集頗雖為狂簡聊又兼実録不敢窺漢家経史
之中有世風人俗之製矣只今智域古今之際有
街談巷説之諺焉猶愧浅見寡聞之踈越偏招
博識宏達之盧胡努不出蝸廬謬比鴻宝于
時建長六年応鐘中旬散木士橘南袁𫺗課
小童猥叙大較而已/s7r

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/7

1)
源隆国によるとされる『宇治大納言物語』。
2)
大江匡房の『江談抄』。
3)
作者、橘成季
text/chomonju/s_chomonju000_jo.txt · 最終更新: 2021/02/16 22:48 by Satoshi Nakagawa