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rhizome:藤原定家

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rhizome:藤原定家 [2014/03/16 04:39] (現在)
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 +====== 藤原定家 ======
 +
 +ふじわらのていか・ふじわらのさだいえ(1162〜1241)
 +
 +[[鎌倉時代]]初期の歌人・歌学者・古典学者。法名は明静、京極中納言([[唐名]]で京極黄門)
 +ともいう。
 +
 +父は[[藤原俊成]]、母は藤原親忠女([[美福門院加賀]])、兄に[[藤原成家]]、姉に[[建春門院中納言]]がおり、子に[[藤原為家]]がいる。
 +
 +
 +[[勅撰和歌集]]である[[新古今和歌集]]・[[新勅撰和歌集]]の選者であるほか、[[私撰和歌集]]、[[小倉百人一首]]の選者でもある。自選家集([[私家集]])に『[[拾遺愚草]]』。
 +
 +[[散文]]の著作も多く代表的なものとして[[歌論]]書に『[[近代秀歌]]』・『[[詠歌大概]]』・『[[毎月抄]]』、[[物語]]研究に『[[源氏物語奥入]]』、[[擬古物語]]に『[[松浦宮物語]]』、[[日記]]に『[[明月記]]』がある。
 +
 +古典学者としての定家は、上記の歌論・物語研究のほか、晩年、歌書・物語・日記をはじめとした古典籍の筆写、校訂をし多くの[[写本]]を残した。
 +
 +定家の書は、自身『[[明月記]]』寛喜三年八月七日条に「其字如鬼」というように悪筆を自認していたが、独特の筆致から後に[[定家流]]としてもてはやされ、[[烏丸光広]]・[[小堀遠州]]・[[松平不昧]]らの書にも影響を与えた。
 +
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rhizome/藤原定家.txt · 最終更新: 2014/03/16 04:39 (外部編集)