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円仁

えんにん(794〜864)

略歴

平安時代前期の僧。

天台宗山門派の祖。は慈覚大師。

延暦13年(794)下野国都賀郡岩舟町に崇神天皇第一皇子の後裔とする壬生氏に生れる。

最澄に師事し、入して顕密を修め、帰国後、延暦寺第三世座主として天台宗興隆の基礎を確立した。

入唐後の経緯は『入唐求法巡礼行記』に詳細に書かれている。

年表

年齢事項
延暦13年(794)1下野国都賀郡に崇神天皇第一皇子の後裔とする壬生氏に生れる。
延暦21年(802)9下野国都賀郡大慈寺の広智の教えを受ける。
大同3(808)15比叡山に登り、最澄に師事する。
弘仁7(816)23東大寺具足戒を受ける。
弘仁13(822)296月、最澄死去。
天長6(829)36関東・東北の地に一乗妙典をひろめる。
承知2(835)42入唐請益の勅命を拝す。
承知3(836)43遣唐使船に乗り難波から唐をめざすが、7月2日大宰府出発後逆風のため戻る。
承知4(837)447月22日松浦を出発するが、逆風に遭い戻る。
承知5(838)456月13日大宰府から出発、7月揚州(江蘇省)着。
承知14(847)54帰国。9月10日大宰府着。
斉衡1(854)61天台座主に補す。
貞観6(864)71正月14日子刻に死去。
貞観8(866)没後7月、円仁に慈覚大師、最澄に伝教大師の諡号を賜う。

著書

rhizome/円仁.txt · 最終更新: 2014/04/07 03:23 by Satoshi Nakagawa
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