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- 巻6第8話(56) 佐野渡聖事
- 秋風待たで誰に貸さまし 荻の花の戸には、 夕されば籬(まがき)の荻に吹く風の目に見ぬ秋を知る涙かな 女郎花の咲けるには をみなへし植ゑし籬(まがき)の秋の色花をしろたへの露ぞかはらぬ ... ごとを問ひしかども、つひにものものたまはざりき。 さるほどに、日もかたぶけば、名残はつきせねども、泣く泣く別れて、まかり侍りしが、結縁せまほしくて、麻の衣を脱ぎて、かの庵(いほ)に置きて出で侍りき。 かくて、西の方へ歩み出でたれば、まことにけはしき山あり。山水清く流れて、岩のありさま見る目めづらかに... に取り付きてをめけども、かひぞ侍らぬ。 また、「山かげに住み給へる人は、いかがおはする」と思ひて、泣く泣く走り行きて見侍れば、首前にかたぶきて居給へり。 さて、あるべきに侍らねば、「煙となし奉らん」
- 巻6第5話(53) ※前話のつづき
- をとり侍りき。 「今の別れはまことに悲しく侍れども、一仏浄土の再会はさりとも」と、心をやり侍りて、涙をおさへて、最後の山送りして、泣く泣く煙となし、骨を拾い取りて、「高野に」と心ざし侍りき。 そのいとなみし、侍りし、をりふし、花山院中... 申さまほしくて((「まほしくて」は底本「はほしくて」。諸本により訂正。))、参りて「かく」と申すに、涙にくれ給ひて、「この春、東山の花見にともなひ給へりしことの、最後の対面にありけるぞや」とて、 ... いほりに尋行て見侍れは事の外におとろへ てはかはかしく物もいひやらぬ我をうちみて嬉し くとて涙くみし事の哀に覚侍てそそ ろに泪を落し侍き閑居のつれつれをは我こそ なくさめ申にそこのひとり... 向て念仏して終り をとり侍き今の別は実にかなしく侍れ共一仏 浄土の再会はさり共と心をやり侍て涙を おさへて最後の山送して泣々煙となし骨を ひろいとりて高野にと心さし侍き其いとな みし
- 巻9第5話(115) 馬頭顕長発心
- 。諸本により補う。))あでやかなる僧になり給ひにければ、なかなか、とかくのこと仰せらるるに及ばず、御涙、さらにせきあへさせ給はず。近く侍りける人々、あるいは、座を立ちて声をあげて叫び、あるいは、面(おもて)を壁に向け、あるいは、直衣の袖を顔にあて、泣きあひ給ひしわざ、げに理(ことわり)に侍り。 やや程へて、大殿、泣く泣くのたまはせ侍りけるは、「『かくばかり思ひとるべし』とは思はざりき。凡夫ほど口惜しきことはなかりけり。『かからまし』とだに知らましかば、われ、あながちにいさめましや。これは、されば夢かとよ」と、悶(もだ)えさせ給へるに、この新発も、涙せきかねて、とかくもののたまはすることなし。 「今はいふかひなし。さても、名をば何とかいふ」と問は
- 巻4第3話(28) 西道発心
- あはれに思えて、深く水におり立ち、舟ばたに取りかかりて、「いかに、何をか歎くらん」と言ふに、この男、泣く泣く聞こゆるやう、「これは釣する者に侍り。ただ今、この浦にて、ことに大きなる亀の釣られて侍りつるを、殺さんとし侍りつるに、亀、左右の眼より紅の涙を流して、歎きける形の見え侍りつれば、あまりに悲しくて、ゆるしてもとの所に放さんとし侍りつるを、連れ... こそ、四十あまりまで、網引き釣し侍りけめ。いかなる亀の、今さら寄り来て、驚かぬ心をもよほしけん。血の涙流すわざなどは、まことに、時にとりて身に染むほどの事なれども、たちまちに憂き世をこりはてける心は、誰... すべき人』と見そなはかさせ給ひて、亀と化(け)して釣られましますにや」とまで思えて、そのこととなく、涙のこぼるるに侍り。 「地に倒るる者は、地によりて立つ」といふことあり。「まことなるかなや」と思えて... 何なる態をうれふらんと哀に 覚て深く水におり立舟はたに取懸てい かに何をか歎くらんと云に此男泣々聞ゆる 様是は釣する者に侍り只今この浦 にて殊に大なる亀のつられて侍りつるを 殺さんと
- 巻9第9話(119) 三条北方御仏事
- かじ、はや歎きの心を改めて、ひとへに作善を励まん と侍るを、導師、読み上げらるるにより、雨しづくと泣きさまたれ侍り。簾内・簾外、心あるも、心なきも、涙にくれふたがり侍り。 導師、ややしばらく経て、涙押しのごいて、ほの伝へ承はる。この御諷誦の施主は、御年十歳(いそぢ)余りとかや。いつしか内外の才智いまして、和漢の風儀に達し給へること、いかに三世の仏も、『あはれ』とみそなはし、亡魂も、『かなし』と思すらん」とのたまふに、「げにも」と思えて、涙を流し侍りき。 額に渭浜の波をたたみ、眉に((底本「に」なし。諸本により補う。))商山の霜をたれて... られ侍り其詞云 母儀去て後年をかそふれは三とせに及ひ日をつら ぬれは一千日になんなんとす悲の涙袂にととめかねて 色の帯已にすすかれ又何の年か歎はるること あらん何の月にか思おこたることあ
- 巻2第2話(10) 青蓮院真誉法眼
- ましたるありけり。およそ、物なども多くは食はず。ただ、いつとなくうちしめり、時々念仏しなんどしても、涙を眼に浮べてのみ侍り。狩・漁(すなどり)し、網引きなんどするを見ては、けしからず泣きもだへて、『あひかまへて念仏し給へ』となん言ひて、山の中に入りて座せりしが、この所に一年(ひととせ... 聞き及び侍る。手跡のいみじくて、一文字・二文字づつ、みな分かち取り侍き」と語り伝へ侍りしに、そぞろに涙のせきかねて、袂をはやみに落ち侍りしは、「陸奥国(みちのくに)の衣河とはこれならん」と思えて侍りき。... せ給ふ、げにやるかたなく、澄みておぼえ侍り。物なども、多くはきこし召さずして、悪を作る者をあはれみ、涙を流し、念仏を勧めさせ給へりけん、分くかたなく貴く侍り。 つらつら思へば、「またげにも、たまたま悪... れ、三世の諸仏の、かの青蓮院の御心を、十が一の心ばせを付け給はせよかし」とまで思ひやられて、そぞろに涙のこぼれぬるぞとよ。 さても、なほ御命の消えやらで、天の下にながらへていまそかりもやすらん、今はま
- 巻9第8話(118) 江口遊女事
- 年もたけ侍りぬれば、ふつにそのわざをし侍らぬなり。同じ野寺の鐘なれども、夕はものの悲しくて、そぞろに涙にくらされて侍り。『このかりそめの憂き世には、いつまでかあらんずらん』と、あぢきなく思え、暁には心の... て、思ひなれにし世の中とて、雪山の鳥の心地して、今までつれなくてやみぬる悲さ」とて、しやくりもあへず泣くめり。 このこと聞くに、あはれにありがたく思へて、墨染の袖、しぼりかねて侍りき。夜明け侍りしかば、名残りは思え侍れど、再会を契りて別れ侍りぬ。 さて、帰る道すがら、貴く思えて、いくたびか涙を落しけん、今さら心を動かして、草木を見るにつけても、かきくらさるる心地し侍り。「狂言綺語の戯れ、讃... きて、またかく、 髪おろし衣の色は染めぬるになほつれなきは心なりけり と書きて、たま侍りき。涙、そぞろにもろくて、袂に受けかねて侍りけり。さも、いみじかりける遊女にてぞ侍りける。 さやうの遊び
- 巻4第5話(30) 顕基卿事
- そかりける。 朝に仕へしそのかみより、ただ明け暮れは、「あはれ、罪無くして配所の月を見ばや」とて、涙を流し、「古墓、いづれの世の人ぞ。姓と名とを知らず。年々春の草のみしげし」と詠じて、けしからず涙を流しけるとかや。 めでたく行ひすまして、智行世に聞こえ給へりしかば、宇治の大殿((藤原頼通))、法縁あ... して、いひしらずめでたく往生をし給へり。『遊心集』に載せられて侍りしを、見侍りしに、そのこととなく、涙の落ちてあやしきに、発心の始めことに澄みて思え侍り。「忠臣、二君に仕へず」と云ふ、世俗の風儀を守りて... て、焼けば煙とのぼり、埋めば土となるさまこそ、身にしみてあはれにも思ひ給ひけめと思はれて、今もまた、涙のいたく落ち侍る。大原の奥の糸すすき、露のよすがの秋来れば、さもこそ玉の緒をよはみ、末葉にすがり、か
- 巻5第8話(41) 勝円僧正事
- るに、うばら足にかかり、おどろ身をまとふ。「かかる所には、さて、何者なればあるらむ」と思えて、いとど涙ぞもれ出で侍りける。 からくして降りたれば、筵の破れたるを、わづかに腹ばかりに宛てて、もの言はず泣きけり。阿闍梨、手を取りて、「いかに、いかに」とのたまはするに、「この上の房の際(きわ)に寝ねて侍りつ... 寄らず。帰り給ひなば、長き恨みにし侍るべし」と言へば、「さこそ、心弱く思ふらめ」と思ひて、かたはらに泣きおはするほどに、はや山の端(は)白みて、寺々の鐘の音も聞こえけり。 この乞食、「さらば、われを負... 奉り侍る十一面観音に、わが小袖を着せ奉りてけり。「こはいかに」と思ふほどに、目もくれて、手を合はせ、涙を流して、尊容をいだき奉りてけり。所は山の麓(ふもと)とこそ思ひしに、わが住所にて侍りけり。やがて、
- 巻6第3話(51) 林懐僧都
- 見るに、先の世の宿善やたよりを得て開けし。たちまちに無常を悟りて、をさをさしき心に袂をうるほすまでに涙し ほれて、父母の前に詣でて、「われをば僧になしておき給へ」とねんごろに聞こえければ、今さらあやしく... る玉霰を見て、たちまちに浮世の無常を悟りて((「悟りて」は底本「惜て」。諸本により訂正。))、不覚の涙を落されけんは、おろおろの宿善にはあるべしとも思えず。 あはれに貴かりけることかな。いかなれば、人... (ことはり)を悟るに、など年のみ積りて頭(かうべ)は雪、眉は霜にまがふまでになりぬれども、身にしみ、涙のこぼるるを思えざらんと、くちをしといへども、一つ悦(よろこ)べることあり。 仙洞忠勤の昔は、「人... に先の世の宿善やたより を得てひらけし忽に無常をさとりて おさおさしき心に袂をうるをすまてに涙し ほれて父母の前にまうてて我をは僧に なしておき給へとねんころに聞えけれは今 更あやし
- 巻6第9話(57) 恵遠法師事(廬山)
- にはかなくなりぬ。ゆめゆめ歎き給ふべからず」と言ひおこしたり。父母、あさましなどはいふもおろかなり。涙にくれふたがりて、とかく返事するにも及ばず、まことに悲しげなるありさまにて侍り。泣く泣く、力なきよしを返事してけり。日数むなしく経れども、歎きははるる末もなく侍りけり。 さりとても、ま... て、呼び寄せたり。八にぞなりけり。乳母(めのと)、「ただわが命を失なひてのち、いづちへもやり給へ」と泣きこがれけれども、かひなし。つひに恵覚の使にうちそへて、またやりぬ。やりてのちは、「またいつか、『う... に生れ、父母は西方の往生をとげけりと、漢の『明記』に載せたり。かの記を見しに、この所にいたりて、ただ涙落しき。二人の子にもこりもせで、三人までやりける心のたけさは、はかりていふべきにもあらず。当世には、... は都率の内院に生れ父母は西方の 往生を遂けりと漢の明記にのせたり彼 記をみしに此所に至てたた涙おとしき 二りの子にもこりもせて三人迄やりける 心のたけさははかりていふへきにもあらす当
- 巻9第10話(120) 於長谷寺逢故人
- する数珠の音の((「数珠」は底本「鈴」。諸本「すす(ずず)」により訂正。))声澄みて思えずたまるわが涙かな と詠みて侍るを聞きて、この尼、声を上げて、「こはいかに」とて、袖に取り付きたるを見れば、年ご... 契り浅からざりし女の、はや、さまかへにけるなり。 あさましく思えて、「いかに」と言ふに、しばしは、涙、胸にせける気色にて、とかくもの言ふことなし。ややほど経て((底本「て」は虫損。諸本により補う。))、涙をおさへて言ふやう、「君、心を発して出で給ひしのち、何となく住み憂かれて、宵ごとの鐘も、そぞろに涙をもよほし、暁の鳥の音も、いたく身にしみて、あはれにのみなりまさり侍りしかば、過ぎぬる弥生のころ、頭おろ
- 巻1第8話(8) 行賀切耳
- さま、見る目うちなんと((静嘉堂文庫本「いとゆうになん」))見え侍るほどの者の、忍びやかに来て、うち涙ぐみて、行賀僧都に聞こえけるやう、「かけても思ひよるまじきわざなれば、『申すとも、ふつにかなふべし』... 』と申し侍りしかども、『いかなる上人も、わが耳切りて与へ給ふこと侍らじ』と思ひ侍りて、ただ、かひなき涙のみこぼれて侍りつるほどに、思はざるに、『そこの御方こそ貴き御事なれば、うちわび申さんには、さることや侍らんずらん』と、人の告げ侍りつれば、『もしや』と参り侍りたり」とて、さめざめと泣くめり。 上人、あはれに思えて、「いかなる瘡ぞ。見ん」とのたまひければ、うち肩脱ぎ侍り。見るに、目... さることならば、いといとやすきこと」とて、剃刀をもて、左の耳を切りて、取らせ侍りければ、手を合せて、涙を流し、臥し拝みて去り侍りぬ。さて、上人はわが身の痛きことはつゆ思ひ給はず、この法師のゆくへのみぞお
- 巻2第1話(9) 一和僧都(春日託宣)
- ず、本尊・持経ばかり竹の笈(おひ)に入れ納めて、ひそかに三面の僧坊を立ち出でて、四所の社檀に詣でて、泣く泣く今は限りの法施奉り給ふ。心の中のいぶせさは、さながら思ひやられて侍り。 さすがに、住みなれし寺も離れがたく、なれぬる友も捨てがたくや侍りけん、さしていづくとしも行く先も定め給はざりけれども、あづ... て、上がらせ給ひにければ、一和、かたじけなく、貴く思ひて、いそぎ帰り上りにけり。 結び重ぬる草枕、涙の露のしどろにて、急雨(むらさめ)晴るる秋の野原の心地して、幾しほがまの染衣、すすがれ果てて侍りけん。「げに」と思えて、あはれに侍り。 このこと、書きおく跡を見侍りしに、そぞろに涙落ちて侍りき。恨みは誰も((底本「は誰」なし。諸本により補う。))かはり侍らぬに、年を経て住みなれに
- 巻3第1話(17) 見仏上人
- はせ侍りき。 さてしも侍るべきにあらざりしかば、名残は多く侍りしかども、心留る法文など問ひ奉りて、泣く泣く別れ去り侍りき。帰へるさには、見え給はざりしかば、わざと四日の道を経て、松島へたづね参りて、かの寺に、二月ばかり住みて侍りき。 このこと、げに思ひ出だすに、涙のいたく落ちまさりて、書き述べん筆、立つべき所も見え分かず侍るにこそ。この松島のありさまも、ゆかしく... の空の越路((「越路」は底本「心地」。諸本により訂正。))の雪の岩屋のすまひ、思ひやられて、そぞろの涙のしどろなるに侍る。 いかなれば、人の同じ心おこしながら、山を隔つるまでにかはるらん。道心深き人な