世継物語
今は昔、近江介平のなりき1)が、むすめをいたくかしづきけるが、親亡くなりて、とかくはふれて、人の国にはかなき所に住みけるが、親、「あはれ」と思ひて、兼盛が言ひ遣りける、
遠近(をちこち)の人目まれなる山里に家ゐせんとは思ひきや君
と、言ひ遣りたりければ、返しもせで、よよと泣きける。女もいとりやうある人になんありける。
今は昔近江介平のなりきかむすめをいたくかしづきけるか おやなく成てとかくはふれて人の国にはかなき所に住け るか親あはれと思ひて兼盛かいひやりける 遠近の人めまれなる山里に家ゐせんとは思ひきや君 といひやりたりけれはかへしもせてよよとなきける女も いとりやうある人になん有ける/10ウ