宇治拾遺物語
大二条殿ニ小式部内侍奉哥読懸事
大二条殿に、小式部内侍、歌読み懸け奉る事
これも今は昔、大二条殿1)、小式部内侍思しけるが、絶え間がちになりけるころ、例ならぬことおはしまして、久しうなりて、よろしくなり給ひて、上東門院2)へ参らせ給ひたるに、小式部、台盤所に居たりけるに、出でさせ給ふとて、「死なんとせしは。など、問はざりしぞ」と仰せられて、過ぎ給ひける。
御直衣の裾(すそ)を引きとどめつつ、申しけり。
死ぬばかり歎きにこそ歎きしかいきて問ふべき身にしあらねば
耐へず思しけるにや。かき抱(いだ)きて、局へおはしまして寝(ね)させ給ひにけり。
是も今はむかし大二条殿小式部内侍おほしけるかたえま かちになりける比例ならぬ事おはしまして久しう成てよろし くなり給て上東門院へまいらせ給たるに小式部台盤所に ゐたりけるに出させ給とてしなんとせしはなととはさりしそと 仰られて過給ける御直衣のすそを引ととめつつ申けり しぬはかり歎にこそなけきしかいきてとふへきみにしあらねは たへすおほしけるにやかきいたきて局へおはしまして ねさせ給にけり/84ウy172