宇治拾遺物語
範久阿闍梨西方ヲ後ニセサル事
範久阿闍梨、西方を後にせざる事
これも今は昔、範久阿闍梨といふ僧ありけり。山1)の楞厳院2)に住みけり。
ひとへに極楽を願ふ。行住坐臥、西方を後ろにせず。つはきを吐き、大小便、西に向はず。入日を背中に負はず。西坂より山へ登るときは、身をそばだてて歩む。
常にいはく、「植木の倒るること、かならず傾(かたぶ)く方にあり。心を西方にかけんに、何ぞ心ざしを遂げざらん。臨終正念疑はず」となむ言ひける。
『往生伝3)』に入りたりとか。
是も今はむかし範久阿闍梨といふ僧ありけり山の楞厳院 にすみけりひとへに極楽をねかふ行住坐臥西方をうし ろにせすつはきをはき大小便西にむかはす入日をせなかに/75ウy154
をはす西坂より山へのほるときは身をそはたててあゆむつねに いはくうへ木のたをるる事かならすかたふく方にあり心を 西方にかけんになんそ心さしをとけさらん臨終正念うたかはすとな むいひける往生伝に入たりとか/76オy155