大和物語
在中将1)、物見に出でて、女のよしある車のもとに立ちぬ。下簾(したすだれ)のはざまより、この女の顔、いと2)よく見てけり。ものなど言ひかはしけり。
これもかれも帰りて、朝(あした)に詠みてやりける、
見ずもあらず見もせぬ人の恋ひしくはあやなく今日やながめ暮らさん
とあれば、女の返事、
見も見ずも誰と知りてか恋ひらるるおぼつかなみの今日のながめや
とぞ言へりける。
これらは物語にて、世にあることどもなり。
さい中将物みにいてて女のよしあるく るまのもとにたちぬしたすたれの はさまよりこの女のかほとよくみてけ りものなといひかはしけりこれもかれも かへりてあしたによみてやりける みすもあらすみもせぬ人のこひしくは あやなくけふやなかめくらさん とあれは女の返事 みもみすもたれとしりてかこひ/d65l
らるるおほつかなみのけふのなかめや とそいへりけるこれらはものかたりに てよにあることともなり/d66r