大和物語
同じ女1)に、陸奥国(みちのくに)の守にて死にし藤原の真興(さねき)2)が、詠みておこせたりける。
病(やまひ)いと重くして、おこたりけるころなりける。「いかで対面(たいめん)し給はらん」とて、
からくして惜しみとめたる命もて逢ふことをさへやまんとやする
と言へりければ、大君(おほいきみ)、返し、
もろともにいざとは言はで死出の山などかは一人越えんとはせし
と言ひたりける。
夜(よ)もえ逢ふまじきことやありけん、え逢はざりければ、帰りにけり。さて、あしたに男のもとより言ひおこせたりける。
あか月のなくゆふつけのわび声におとらぬ音(ね)をぞ泣きて帰りし
おほきみかへし
あか月の寝覚めの耳に聞きしかば鳥よりほかの声はせざりき
藤真材弾正忠保生男 右大臣是公後延喜 十年正月蔵人兵部丞十二年式部丞 十五念十二月叙刑部少輔 おなし女にみちのくにのかみにて しにし藤原のさねきかよみて をこせたりけるやまひいとをもくし ておこたりけるころなりけるい かてたいめんしたまはらんとて からくしてをしみとめたるいのち もてあふことをさへやまんとやする といへりけれはおほいきみかへし/d13l
もろともにいさとはいはてしてのやま なとかはひとりこえんとはせし といひたりけるよもえあふましき ことやありけんえあはさりけれは かえりにけりさてあしたにおとこの もとよりいひをこせたりける あか月のなくゆふつけのわひこゑ にをとらぬねをそなきてかへりし おほきみかへし あか月のねさめのみみにきき しかはとりよりほかのこゑはせさりき/d14r