大和物語
近江の介中興(なかき)1)が、むすめをいといたうかしづきけるを、親亡くなりてのち、とかくはふれて、人の国に、はかなき所に住みけるを、あはれがりて、兼盛2)が詠みて、おこせたりける、
遠近(をちこち)の人目まれなる山里とに家居せんとは思ひきや君
と、詠みておこせたりければ、見て、返事もせで、よよとぞ泣きける。
女も、いとらうある人なり。
右大弁季長子後左衛門権佐昌泰元年蔵人延喜 三年大内記余年廿五日叙近江守 あふみのすけなかきかむすめをいとい たうかしつきけるをおやなくなり てのちとかくはふれて人のくににはか なきところにすみけるをあはれかり てかねもりかよみてをこせたりける をちこちのひとめまれなるやま さとにいへゐせんとはおもひきやきみ とよみておこせたりけれはみて返 事もせてよよとそなきける女もいと/d27r
らうあるひとなり/d28r