大和物語
陽成院1)の二の御子2)、後蔭の中将3)の女(むすめ)に、年ごろ住み給ひけるを、女五宮得奉り給ひて後、さらにとひ給はざりければ、「今はおはしますまじきなめり」と思ひ絶えて、いとあはれにて居給へりけるに、いと久しくありて、思ひかけぬほどにおはしましたりければ、えものも聞こえで、逃げて、戸の内に入りにけり。
帰り給ひて、御子、あしたに、「などか、『年ごろのことも申さむ』と思ひて詣で来たりしに、隠れ給ひにしも」と、ありければ、言葉はなくて、かくなん、
せかなくに絶えと絶えにし山水(やまみづ)の誰しのべとか声を聞かせん
元平弾正君後蔭延喜十年右少将四位同九月右中将/d15r
廿一年二月中納言有穂男 陽成院の二条のみこのち(俊)かけの中将のむ すめにとしころすみたまひけるを 女五宮えたてまつりたまひてのちさら にとひたまはさりけれはいまはおはします ましきなめりとおもひたえていとあ はれにてゐたまへりけるにいとひさしく ありておもひかけぬほとにおはしま したりけれはえものもきこえてに けてとのうちにいりにけりかへり給 て御こあしたになとかとしころのことも申さむ/d15l
とおもひてまうてきたりしにかくれたま ひにしもとありけれはことははなくて かくなん せかなくにたえとたえにしやまみ つのたれしのへとかこゑをきかせん/d16r