大和物語
御門1)、おりゐ給ひて、またの年の秋、御髪(みぐし)おろし給ひて、ところどころ山踏みし給ひて、行ひ給ひけり。
備前掾にて、橘の良利(よしとし)2)といひける人、内裏(うち)におはしましける時、殿上にさぶらひける。御髪(ぐし)おろし給ひてければ、やがて、御供に頭(かしら)おろしてけり。人にも知られ給はで、歩(あり)き給ひける御供に、これなん遅れ奉られでさぶらひける。
「かかる御歩きし給ふ。いと悪しきことなり」とて、内裏(うち)より、「少将・中将、これかれさぶらへ」とて、奉り給ひけれど、たがひつつ、歩き給ふ。
和泉の国に至り給ひて、日根といふ所におはします夜(よ)あり。いと心細く、かすかにておはしますことを思ひつつ、いとかなしかりけり。
さて、「日根といふことを歌に詠め」と仰せごとありければ、この良利大徳(だいとく)、
ふるさとのたびねの夢に見えつるはうらみやすらむまたと問はねば
とありけるに、みな人、泣きて、え詠まずなりにけり。その名をなん、寛蓮大徳といひて、のちまでさぶらひける。
となむありけるみかとおりゐ給て又 のとしの秋御くしをろし給てところ/d4l
やまふみし給ておこなひたまひけり備前 せうにてたちはなのよしとしといひける ひとうちにおはしましける時殿上にさふ らひける御くしおろし給てけれはやかて おんともにかしらをろしてけりひとにも しられ給はてありき給ける御ともにこ れなんをくりたてまつられてさふらひ けるかかる御ありきし給いとあしき ことなりとてうちより少将中将これ かれさふらへとてたてまつりたまひけれ とたかひつつありき給いつみのくににいたり/d5r
たまひてひねといふところにおはしますよ ありいとこころほそくかすかにておはしま すことをおもひつついとかなしかりけりさて ひねといふことをうたによめとおほせこと ありけれはこのよしとしたいとく ふるさとのたひねのゆめにみえつる はうらみやすらむまたととはねは とありけるにみな人なきてえよますな りにけりそのなをなん寛(クワン)れんたいとく といひてのちまてさふらひける/d5l