醒睡笑 巻5 人はそだち
大和の傍らに十市殿(とをちどの)とて大名ありしが、世に落ちぶれ、吉野の西川(にしつがう)におはせし時、あたりの者どもを振舞はんと触れらるるやう、「この幾々日(いくいくか)に、誰々(たれたれ)、女中ともにわたり候へ」となり。
山賤(やまがつ)の寄合ひ、「女中とは御器(ごき)のことなるべし。牢人にてましませば、椀などもあるまじ。てんでに持ちて行けや」と言ひつつ、御器を渡しざまに、「これは我らが剥げ女中、剥げ女中」と申して、さし出だした。
二人静に、「にしつがう」といふ正字を弁ぜず、いろいろに書きたるあり。かの滝の東にある村を東川(うのがう)といひ、西にある在所を西川(にしつがう)といひ、かくのごとく書くなり。1)
一 大和の傍(かたはら)に十市(とをち)殿とて大名ありしが世に おちぶれ吉野のにしづかうにおはせしとき あたりの者共をふるまはんとふれらるるやう 此いくいくかにたれたれ女中ともにわたり候へ/n5-59l
となり山がつのよりあひ女中とは御器の事 なるべし牢(ろう)人にてましませばわんなども あるまじてんでにもちてゆけやといひつつ 御器をわたしさまにこれは我等がはげ 女中はげ女中と申てさし出した 二人静ににしづかうといふ正字を弁ぜずいろいろに書たる あり彼滝の東にある村を東川(うのがう)といひ西(にし)にある 在所を西川(にしつかう)といひ如此書なり/n5-60r