醒睡笑 巻2 名付け親方
東西わきまへざる男、年も六十に近付きければ、棄恩入無為(きおんにふむゐ)の心ざしを思ひより、菩提を頼む寺に詣で、しきりに法体(ほつたい)の望みをとげんとす。住持の僧、すなはち髪を剃りて、名をば「法漸(ほふぜん)」と付けたり。
「法とは『のり』。『のり』は続飯(そくいひ)のこと。漸とは『やうやく』。『やうやく』は膏薬(かうやく)のこと」と道すがら覚え、家に帰れば、人みな集まり法名を問ふに、「法漸」と答ふ。「法の字の読みは」。のりを忘れて「そくいひ」と。「漸の字の読みは」。やうやくを忘れ、しばし工夫し「かうやく」とこそ申しけれ。
一 東西わきまへさるおとこ年も六十にちかつき けれは棄恩入無為の心さしをおもひより ほたいをたのむ寺にまうてしきりにほつたい の望をとけんとす住持の僧すなはちかみを そりて名をは法漸とつけたり法とは のりのりはそくいひのことせんとはやうやく やうやくはかうやくのことと道すからおほえ 家にかへれは人みなあつまり法名をとふに 法漸とこたふ法の字のよみはのりを忘れ/n2-7l
てそくいひと漸の字のよみはやうやくを忘れ しはしくふうしかうやくとこそ申けれ/n2-8r