醒睡笑 巻1 謂へば謂はるる物の由来
「へちまの皮とも思はぬ」とは、紀の国の山家に、大辺路(おほへち)・小辺路(こへち)とて、峰高う岸けはしく、つづらおりなるつたひ道、人馬の往来たやすからぬ切所(せつしよ)あり。かのあたりに使ふ馬は、糠(ぬか)につけ藁(わら)につけ、大豆などは申すに及ばねば、まことに骨ばかりなるさまなり。
さるほどに、かしこの馬、皮を剥ぎても、背のあと瘡(かさ)の跡疵(あときず)のみにて、何の役にも立たぬものを、へち馬(ま)の皮とも思はぬことにいふならん。
一 へちまの皮ともおもはぬとは紀の国の山家に 大へち小へちとて峯たかふ岸けはし くつつらおりなるつたひ道人馬の往来 たやすからぬ切所(せつしよ)あり彼あたりにつかふ馬は 糠(ぬか)につけ藁(わら)につけ大豆なとは申にをよはねは 実に骨(ほね)斗なる様なりさるほとにかしこの馬 皮を剥てもせのあと瘡(かさ)の跡疵のみにて何 のやくにもたたぬ物をへち馬の皮ともお もはぬ事にいふならん/n1-13l