古本説話集
伊勢御息所事
伊勢の御息所の事
今は昔、伊勢の御息所、七条の后宮に候ひ給ひけるころ、枇杷の大納言1)の忍びて通ひ給ひけるに、女、いみじう忍ぶとすれど、みな人知りぬ。
さるほどに忘れ給ひぬれば、
人知れずやみなましかばわびつつもなき名ぞとだに言はましものを
と詠みて遣りたりければ、「あはれ」とや思しけむ、帰りて、いみじう思して住み給ひけり。
「ほにいでて人に」と詠みたるも、この大臣(おとど)におはす。
いまはむかし伊勢のみやす所七条の后宮 に候給けるころひはの大納言のしのひてかよひ 給けるに女いみしうしのふとすれとみな人 しりぬさるほとにわすれ給ぬれは ひとしれすやみなましかはわひつつも なき名そとたにいはまし物を とよみてやりたりけれはあはれとやおほしけ むかへりていみしうおほしてすみ給けり ほにいてて人にとよみたるもこのおととに おはす/b100 e51