古本説話集
蝉丸事
蝉丸の事
今は昔、逢坂の関に、行き来の人に、物を乞ひて世を過ぐす者ありけり。よろしき者にてありけるにや、さすがに琴なども弾き、人にあはれがらるる者にてなむありける。
あやしの草の庵を作りて、藁といふ物かけて、しつらひたりけるを、人の見て、「あはれの住処のさまや。藁してしつらひたる」など、笑ひけるを聞きて詠める。
世の中はとてもかくてもありぬべし宮も藁屋もはてしなければ
蝉丸(せびまろ)となんいひける。
いまはむかしあふさかのせきにゆききの 人に物をこひてよをすくす物ありけり よろしき物にてありけるにやさすかにこと なともひき人にあはれからるる物にてなむあり/b71 e36
けるあやしの草のいほりをつくりてわらと いふ物かけてしつらひたりけるをひとのみて あはれのすみかのさまやわらしてしつらひたる なとわらひけるをききてよめる 世中はとてもかくてもありぬへし みやもわらやもはてしなけれは せひまろとなんいひける/b72 e37