古本説話集
伯母仏事事
伯の母、仏事の事
今は昔、伯の母1)、仏供養しけり。永縁僧正を請じて、さまざま物どもを奉る中に、紫の薄様に包みたる物あり。開けて見れば
朽ちにける長柄の橋の橋柱法(のり)のためにも渡しつる哉
長柄の橋の切れなりけり。
またの日、またつとめて、若狭の阿闍梨隆源といふ人、歌詠みなり。来たり。「あはれ、このこと聞きたるよ」と、僧正思すに、懐(ふところ)より名簿(みやうぶ)を引き出でて奉る。「この橋の切れ給はらむ」と申す。「かばかりの貴重(きてう)の物はいかでか」とて、「何しか取らせ給はん。口惜しく」とて、帰りにけり。
すきずきしく、あはれなることどもなり。
いまはむかしはくの母ほとけくやうしけり永 縁僧正を請してさまさまものともをたてま つるなかにむらさきのうすやうにつつみたる物 ありあけてみれは くちにけるなからのはしのはしはしら のりのためにもわたしつる哉 なからのはしのきれなりけりまたの日又つとめて わかさのあさりりうくゑむといふ人うたよみなり きたりあはれこの事ききたるよと僧正 おほすにふところよりみやうふをひきいてて/b69 e35
#ここから筆跡が変わる。前の丁の下に「是迄為氏卿」、次の丁の上に「是より為相卿」という古筆家の付箋がある。
たてまつるこのはしのきれ給はらむと 申かはかりのきてうの物はいかてかとてなに しかとらせ給はんくちをしくとてかへりに けりすきすきしくあはれなることとも也/b70 e36