古本説話集
賀朝事
賀朝の事
今は昔、人の妻(め)に忍びて通ふ僧ありけり。元の男に見つけられて、詠みかけける、
身投ぐとも人に知られぬ世の中に知られぬ山に見るよしもかな
と言へば、元の男
世の中に知られぬ山に身投ぐとも谷の心やいはで思はん
この密男(みそかをとこ)は賀朝といひたる学生説経師なり。
いまはむかし人のめにしのひてかよふ僧あり けりもとのをとこにみつけられてよみかけける みなくともひとにしられぬ世の中に しられぬ山にみるよしも哉 といへはもとのをとこ 世の中にしられぬ山に身なくとも たにのこころやいはてをもはん このみそかをとこはかてうといひたる学生説経師也/b58 e29