十訓抄 第七 思慮を専らにすべき事
大伴黒主は、形よく、心優にて、女見て、心を動かす。
隣に住みける女、この男を思ひかけて、あやしき下衆嫗のさまをつくりて、夜行きて、門をたたきて、「東の隣の女の、火取りに参れるなり」と言ひけるを、男、かくとも知らで、火ばかりを取らせて、むなしく帰したりければ、朝に、留めぬことをうち恨みて、
たはれをとわれは来つるを宿かさずわれを帰せりおそのたはれを、
「たはれをとこ」は「狂男」と書けり。好士といふ心なり。「おそ」は「そらごと」なり。
十四大伴黒主ハ、形ヨク心優ニテ、女見テ心ヲウコカス、隣 ニスミケル女、此男ヲ思ヒカケテ、アヤシキケス嫗ノサ マヲツクリテ、ヨル行テ門ヲタタキテ、東ノ隣ノ女ノ火ト リニ参レル也ト云ケルヲ、男カクトモシラテ火ハカリヲ 取セテ空クカヘシタリケレハ、朝ニトトメヌ事ヲウチ/k129
恨テ、 タハレヲト我ハキツルヲ宿カサス、ワレヲカヘセリオ ソノタハレヲ、 タハレヲトコハ、狂男トカケリ、好士ト云心ナリ、オソハ、ソ ラコト也、/k130