十訓抄 第一 人に恵を施すべき事
御堂入道殿1)、若くおはしける時、帥内大臣2)の御車に乗り具して、一条摂政3)のもとへおはしけるに、牛の逸物(いちもつ)にて4)、辻のかいたをりなどを、おもしろくあがき回りければ、「この牛はいみじき逸物かな。いづくに候ひしぞ」と問はせ給ひければ、帥殿、「祇園に、人の誦経にしたりけるを、伝へ取りて侍るなり」と申し給ふに、「かかること、うけたまはらじ」とて、御指貫のそばを取りて、沓も履き給はで降りて、人の門の唐居敷(からゐしき)に立たせ給ひたりければ、帥殿はにがりておはしけり。
ゆゆしき御落度にや。
御堂入道殿若クオハシケル時、帥内大臣ノ御車ニ乗具 シテ一条摂政ノ許ヘオハシケルニ牛ノ逸辻ノカイ/k71
タヲリナトヲ面白クアカキマハリケレハ此牛ハイミシ キ逸物カナ、イツクニ候シソト問セ給ケレハ帥殿祇薗ニ 人ノ誦経ニシタリケルヲ伝取テ侍ルナリト申給 フニ、カカル事ウケ給ハラシトテ、御差貫ノソハヲ取テ 沓モハキ給ハテオリテ、人ノ門ノ唐居敷ニ立セ給 タリケレハ帥殿ハニカリテオハシケリ、ユユシキ御越 度ニヤ、/k72